関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 大阪探訪91夏の陣400年24 図屏風に描かれている四天王寺の石鳥居、幸村の秘策、落語「天王寺詣り」

<<   作成日時 : 2015/05/14 12:34   >>

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 写真は四天王寺の石の鳥居を5月5日に撮ったものです。寺に鳥居、しかも石でできた鳥居があること自体、珍しいことです。私の子供の頃は、鳥居付近に、傷痍軍人さんの姿があり、アコーディオンを弾きながら軍歌を歌い、寄付を募っていたことを想い出します。
 この石の鳥居は黒田長政が描かせたものと伝えられる、大阪城天守閣蔵の「大坂夏の陣図屏風」にも描かれており、鳥居に掲げられている額の文字も記されています。この点について、大阪城天守閣発行の図録「豊臣期大坂図屏風」に次のように説明されています。
 「四天王寺の石鳥居にかかる扁額の文字は、『釈迦如来 転法輪所 当極楽土 東門中心』と読める。ここが西方浄土の東門にあたることを意味している。当時の西に広がる海の彼方に極楽があると古くから信じられていたのである。永仁2年(1294)建立の石鳥居はここに描かれたままに立ち、嘉暦元年(1326)制作の扁額も現存している」と。
 さらに石の鳥居の下には「茶臼山に陣取る真田幸村(信繁)隊。幸村は黒い鹿角の兜をかぶり馬上で采配を振りかざす」と記されています。
 この扁額の言葉は上方落語の演目「天王寺詣り」にも出て来ますが、この演目はお彼岸の日に、死んだ愛犬の供養のため、天王寺にお参りに行って、引導鐘を引いてもらうという内容です。賑わっている境内の様子が語られ、「のぞきからくり」も出て来ます。徳富蘆花の小説 「不如帰」をもとにした話の一節が語られますが、私も子供の頃一度だけ、「のぞきからきり」を見たことがあります。小さなのぞき穴から中をのぞくと、立体的な絵が次々と現れるというもので、不思議な世界が展開されるのを楽しんだ覚えがあります。もっとも、どういう内容のものを見たのかは覚えていませんが。
 落語には「押し寿司」を売る呼びかけの声も出て来ますが、こういう露店は子供の頃も今でも見かけたことがありません。いつの時代まであったのでしょうか。
 「天王寺詣り」は六代目笑福亭松鶴さんのものが好きで、豪快な演じぶりに聞き惚れたものです。
 さて、大坂夏の陣の天王寺・岡山の戦いにおける幸村の秘策について、「歴史人 4月号 真田幸村VS徳川家康」(KKベストセラーズ)の「日本一の兵(つわもの)と謳われた幸村はいかに家康を追いつめたのか?」(監修・文 桐野作人氏)の中で、「総大将秀頼の出陣」「明石軍迂回による挟撃作戦または明石隊の奇襲」「徳川方・浅野長晟を内通者に仕立てる攪乱作戦」の三点が挙げられています。
 

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