関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 大阪探訪101 夏の陣32 「歴史秘話ヒストリア 」における秀頼 「自筆神号」・「帝鑑図説」の出版

<<   作成日時 : 2015/06/09 10:31   >>

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 写真は豊臣期大坂城の石垣が公開される場所を4月18日に撮ったものです。この2日前の朝日新聞夕刊の連載記事「探訪夢のまた夢 豊臣興亡400年」に、この場所の写真が掲載されていました。公開されるのは84年に発見された「詰の丸」の石垣で、今回再び掘り起し、地下に下りて見ることができるようになります。その公開が待たれます。
  さて、NHKの番組「歴史秘話ヒストリア 戦国のプリンスいざ天下取りへ」では、秀頼が凡庸な人物ではなく、秀吉の後継者としての資質を備えた優れた人物であることを明らかにしていました。
 番組では、その点についてまず、秀頼は武芸はもちろんのこと、当代一流の学者の教えを受け、兵学や儒学などあらゆる学問に精通したこと、秀頼5歳の時に菅原道真の神号を書き、立派な筆遣いだったこと、和歌を色紙に書き、その達筆ぶりに諸国の大名は、秀頼の直筆をこぞってほしがったこと、秀頼は天下人秀吉の後継者として申し分のない能力を身につけ成長していったことなどが紹介されていました。
 この点について、福田千鶴氏の「豊臣秀頼」(吉川広文館)には、「五歳の折りに早くも『南無天満大自在天神 住吉大明神』の神号を墨書して残しているが、それ以後も『豊国大明神』をはじめ、『龍虎』そのほか多数の筆跡があり、神号仏号・古歌・漢詩だけでも相当な達筆が現存している。和歌・連歌・漢詩等をはじめ、貞永式目・憲法・二十一代集・職原抄・禁秘抄・徳失鏡・貞観政要・三略・呉子・四書五経等、法制・文学・儀式・故実・兵学・儒学等に及んだ(『義演』『時慶』『慶長日件録』)」と記されています。
 福田氏の同書には「豊臣秀頼自筆神号『豊国大明神』」の写真が掲載されていますし、今京都で開催中の「大関ヶ原展」の展示目録リストにも、「豊臣秀頼自筆神号」が三幅が展示されています。慶長5年(1600)のものが二幅、慶長7年のものが一幅です。 
 番組では、秀頼は中国の君主のありかたを説いた「帝鑑図説」を国内向けに編集し出版することで、力に頼らず、自分の存在を世間にアピールしたということも取り上げられていました。
 この点については、福田氏の同書では、秀頼14歳の「慶長11年に『帝鑑図説』を復刻出版し」、この「『秀頼版』の挿絵をもとに多くの帝鑑図押絵貼屏風が作成され、江戸城をはじめ、屏風が現存する尾張名古屋城本丸御殿など、為政者の住む御殿空間に供えられた(朝日美砂子氏『帝鑑図の成立と展開』)。『帝鑑図説』は幼児向けに作られたとはいえ」、「大人の鑑賞に堪えうる教養書であった」こと、「慶長11年3月に西笑承兌(せいしょうじょうたい)が寄せた『帝鑑図説』跋文には」、「『妙年に及ばずして学を志し、老成人の風規がある』と秀頼の人となりを称賛している」ことなどが記されています。

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