関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1433「大関ヶ原展」5「真田丸」の西軍キャストに期待・8月5日付昌幸等宛連書状

<<   作成日時 : 2015/07/18 11:04   >>

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 先日、来年の大河ドラマ「真田丸」の新たなキャストが発表されましたが、その中に三成役の俳優の発表はありませんでした。しかし、このことについて、一昨日に掲載された「三谷幸喜のありふれた生活」に次のようなことが記されていました。
 「今回発表になったのは、まだまだ一部。『真田丸』には豊臣秀吉や石田三成、大谷刑部といった戦国お馴染みキャラや、大坂の陣に参戦した木村重成や毛利勝永や明石全登といったマイナーな強者たちが大挙登場する。どの役を誰が演じるか、乞うご期待」と。
 当然のことながら、西軍武将に光が当てられるのは嬉しいことであり、「自分の作品」には、「キャスティング能力がある」と自負している三谷氏のことですから、いいキャスティングがされるものと期待が大いに膨らみます。
 さて、「大関ヶ原展」に展示されていた、真田宝物館所蔵の8月5日付の三成書状ですが、ここにも家康のことは「内府」と記されており、敬語は使われていません。桐野作人氏が指摘しているところの、三成らしさがよく出ています。
 「大関ヶ原展」の図録の中で、この書状について,次のように解説されています。
 「8月2日の段階では、三成らは真田昌幸を勧誘する書状を送っていたが、5日の本書状の段階では具体的に行動を指示している。この間に真田昌幸の帰属が大坂に報じられたのであろう。しかしながら、宛所に昌幸・信繁に加えて、家康のもとに走った信之の名前も記載される。加えて第一ヶ条では沼田から会津へ使者を派遣するように要請している。沼田は信之の城であるため、現実的ではない内容となる。すなわち、三成は信之が敵方となり、真田家が分裂するに至った状況までは把握していなかったことになる」と。
 「8月2日の段階」というのは、昨日付の拙ブログ記事でも紹介したように、宇喜多秀家等連署状のことであり、図録のその連署書状の解説の中で、「秀頼への忠節をするのはこの時であると勧誘している」
と記されています。また連署書状の文中には、「公儀」という言葉が出ており、三成が奉行職に復帰して「公儀」を標榜するようになったことを示しています。「内府ちかひの条々」によって家康の公儀性が剥奪され石田・毛利連合政権が成立したというのが、「新『関ヶ原合戦』論」(新人物ブックス)で示された白峰旬氏の見解ですが、彼らが「公儀」を称していることも論拠の一つとして挙げられています。

 

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