関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1465  「秀吉ゆかりの金箔瓦」

<<   作成日時 : 2015/09/22 23:12   >>

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 9月16日付の朝日新聞の「古都ナビ 宝物編」に「秀吉ゆかりの金箔瓦」と題する記事が載っていました。現在、京都考古資料館で開催中の「都へのあこがれ ひろがる京文化」で、秀吉が使用した金箔瓦が展示されており、出土地ごとの瓦の違いに触れられていました。私はまだ見に行っていないのですが、11月29日まで開催されているので近々訪ねたいと思っています。
 その記事には次のようなことが記されています。
 信長も金箔瓦を用いたものの、「出土例は安土城などごく一部にとどまり」、「瓦のへこんだ部分に漆を塗って金箔を押し」たこと、それに対して、「秀吉は功績のあった家臣などにも使用を許したので一気に広がり」、そのり瓦は「模様の盛り上がった部分に押している」たこと。秀吉が築いた聚楽第の跡地周辺で出土した「金箔葡萄文飾(ぶどうもんかざり)瓦」が、「ブドウの実や葉を繊細に表現」されており、木幡山伏見城の城下町跡で見つかった「『金箔無文軒丸(むもんのきまる)瓦』や『金箔菊丸瓦』はよく金箔が残り、まばゆい光を放」っていること。
 また資料館の山本雅和副館長の言葉も載っています。
 すなわち、「山頂にそびえる伏見城や山の傾斜地に並んだ建物の金箔瓦に西日があたって輝く様子は言葉にならない美しさだったはず。展示品を見て想像力をかきたてて頂ければ」と。
 木幡山伏見城は現在、明治天皇陵になっており、静寂な雰囲気に満ちて、かつて豪華で賑わった城の姿をしのぶことは全くできません。そうだからこそ、「想像をかきたて」る必要性があるのかもしれません。
 それは三成の居城だった佐和山城も同様であり、山の上には当時をしのべるものはほとんど残っていませんから、「想像力をかきたて」て威容を誇った姿を思い浮かべるしかありません。
 

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