関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1501 「石田三成祭」1 法要に山本耕史さん参列・真田徹氏「関ヶ原 真田の決断」1

<<   作成日時 : 2015/11/02 11:59   >>

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 写真は昨日長浜市石田町で行われた「石田三成祭」の法要の前の、石田一族供養塔を撮ったものです。前の木(写真では左側)が鮮やかに紅葉していました。三成祭に彩を添えているようでした。三成の辞世の歌である「散り残る紅葉」を思い起こさせます。むろん、辞世の歌は「散り残る」ですから、もっと後の状態を詠んだものですが。
 今年は法要に、来年の大河ドラマ「真田丸」で三成を演じる山本耕史さんが列席するということで、法要中の写真撮影は禁止でした。私は初めて間近に山本さんのお顔を見ることができましたが、厳粛な面持ちでしたし、三成役に懸ける意気込み、気魄が感じられる思いがしました。もっとも、法要が終わった後、関係者と挨拶される時は、にこやかな雰囲気でしたが。
 理事長や来賓の挨拶の中でも、「真田丸」の三成に期待する声や将来山本さんが演じる三成で大河ドラマの主役をしてほしいという話も出、「真田丸」で三成が正当に評価されて本当の姿が描かれることを切望している思いがよくうかがえました。それは三成ファン全員の願いではないでしょうか。
 なにしろ、「軍師官兵衛」における三成の描き方は悪過ぎ、官兵衛などを陥れる陰謀家、策略家として捉えられていましたが、それは江戸時代に作られた悪い三成像をそのまま踏襲しているからでしょう。
 やはり今年も法要の参加者は多く、焼香の時間が長くかかり、徳明寺の住職さんの読経が終わっても、まだしばらくは焼香は続いていました。もっとも、法要は予定通り一時間で終わりましたが、ここでも彦根の「三成の戦」に続いて、「石田三成公顕彰歌」をみんなで合唱しました。
 昼食(三成うどん、オンライン三成会会員からのおすそ分けにあずかったいなり寿司、巻き寿司)をはさんで、12時半から野外ステージで行われた真田徹氏と小栗さくらさんによるトークショー「関ヶ原 真田の決断」が30分余り行われ、それを聴きました。真田氏は仙台の真田家の末裔の方であり、関ヶ原の戦いの際の真田家の選択を中心にした話でしたが、三成の人となりについても語られました。関ヶ原の戦いの際、家が2つに分かれたのは真田家だけでなく、他にもあったこと、信之が東軍についた理由として、本多忠勝の娘の小松殿を妻に迎えていたこと、また信之自身、冷静な、武将というより政治家的な面があったということが挙げられていました。また昌幸・幸村が西軍についた理由としては、昌幸が家康による第一次上田城攻め以来、家康が嫌いだったこと、挙兵した三成に誘われた時、信州のみならず、甲斐の国まで約束されたが、昌幸は武田信玄を尊敬していたので、甲斐に魅力を感じていたこと、幸村の方は若い頃大坂城で人質生活をしていた時、三成に世話されていたこと、大谷吉継の娘を娶る際、三成が尽力していたことなどか挙げられていました。

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