関ヶ原の残党、石田世一の文学館

アクセスカウンタ

zoom RSS 石田三成の実像1504 「三成の戦4」3 三成弁当1 永田えり子氏が考案・治部煮も三成に関連?

<<   作成日時 : 2015/11/07 11:59   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

画像
 写真は10月31日に彦根の佐和山麓で行われた「三成の戦4」のイベントの時に食べた三成弁当を撮ったものです。拙ブログ記事で前述したように、滋賀大学の永田えり子氏によって企画考案されたものです。
 ステージで永田氏自身が弁当の中身について解説されていましたが、弁当の包み紙にも詳しく記されています。
 まず、右下のおかずですが、「佐吉田楽」と命名されており、豆腐と葱味噌が材料ですが、この料理について、次のように解説されています。
 「三成誕生前から十歳ぐらいのころに豆腐田楽の流行があったため。ちなみに『田楽』の呼び名は竹馬に乗った白袴の田楽法師を思い起こさせることからつけられた呼び名であり、『兼続田楽』の名もふさわしい」と。
 佐吉は三成の幼名ですが、中野等氏の「石田三成の居所と行動」(藤井讓治氏の『織豊期主要人物居所集成』【思文閣出版】所収)の中で、「三成の活動が史料的に確実となる」天正11年1月23日付の書状で、「『佐吉三也』と署名している」ことが記されています。このことは太田浩司氏の「近江が生んだ知将 石田三成」(サンライズ出版)でも記されています。太田氏の同書には、同年8月に出した書状では、「三成」と署名されていることも述べられています。
 「佐吉田楽」の左隣が、「鴨含め煮」であり、鴨と冬瓜が使われています。三成は湖北の生まれであり、琵琶湖の鴨料理は有名ですが、とりわけ鴨鍋は自分にとって、三成との関わりを感じるものです。今から20年程前、母や妻子と初めて三成の生まれ故郷の長浜市石田町を訪ねた時、昼食を取る店がなく、大原観音寺を訪ねた後、長浜に戻ってから4時ごろにようやく食べたのが鴨鍋でしたし、2000年に初めて参加した、彦根でのオンライン三成会のオフ会で食べたのが鴨鍋であり、鍋を囲んで熱い三成談義を交わしたことを鮮明に覚えています。
 その左横にあるのが、びわますと白葱を使った「びわます煮」ですが、むろん、これも三成が湖北の生まれということに基づいた料理です。
 その左隣にあるのは、鶏と里芋を使った「治部少輔煮」であり、この料理については、次のように解説されています。
 「前田利家が三成に饗応を受けたときに出された煮物が大変美味であったので、金沢に帰って同様のものを作らせたことが金沢名産『治部煮』の縁起であったという説より」と。
「治部煮」が、三成ゆかりのものであるという説があるというのは初めて知りました。その根拠となることがあるのか是非とも知りたいところですが。

   

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。私も「三成の戦4」行ってきました。
風が強めで寒かったですね。でも雨が降らなくて良かったです。
三成弁当は面白い企画でしたね。食べてみたかったのですが、後でいいかなと思っていたら売り切れてしまいました。でも売れ行きが良かったということで何よりでした。
415年前悲劇があった場所ですが、現在穏やかな空気が流れていることに平和のありがたさを感じたりした一日でした。
杏奈
2015/11/08 15:05
 杏奈さん、コメントありがとうございます。
「三成の戦4」に行かれたのですね。三成弁当は売り切りで残念でしたね。私は即買いに行きましたので、食べられました。今後もイベントのたびに販売を続けてほしいものです。
 寒さには耐えられましたか。私は拙ブログ記事でも記したように、耐え切れず、佐和山に登って体を温めました。
 ともあれ、こういうイベントが行われることは、三成一族たちにとっていい供養になるでしょうね。
 平和な国造りを目指した三成にとって、今の日本の平和は歓迎すべきものとして目に映っているに違いありません。
 
石田世一
2015/11/11 14:25

コメントする help

ニックネーム
本 文
石田三成の実像1504 「三成の戦4」3 三成弁当1 永田えり子氏が考案・治部煮も三成に関連? 関ヶ原の残党、石田世一の文学館/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる