関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1505 「三成の戦4」4 三成タクシー2 三成弁当2 「先懸」という料理

<<   作成日時 : 2015/11/08 22:56   >>

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 写真は10月31日に彦根の佐和山麓で行われた「三成の戦4」の際にお披露目されていた三成タクシーの嶋左近バージョンを撮ったものです。やはり「戦国無双4」の嶋左近のキャラクターが車体に描かれています。戦国武将の姿が、最近は恰好よく描かれているということについては、11月3日に大阪明星学園で行われた「真田丸プレミアムトーク」の千田嘉博氏の講演会の最初でも取り上げられていました。真田幸村、伊達政宗、松永久秀らのゲームでの姿が紹介されていました。三成と嶋左近については、関ヶ原町で昨年行われた関ヶ原合戦祭りのポスターが使われていました。
さて、「三成の戦4」の際に食べた「三成弁当」(価格1000円)の説明を昨日付の拙ブログ記事で行いましたが、その続きを述べます(昨日付の記事で添付した写真を参照してください)。
 「三成弁当」のコンセプトについて、弁当の包み紙に次のように記されています。
 「石田三成が生きていた時代の湖東・湖北の食材をおもに使い、昔ながらの調理法でつくりました」と。
 上から2段目の右端にある料理は、「先懸」と名づけられ、その中身は千切り大根と薩摩揚げです。そのおかずについて、次のように説明されています。
 「賤ヶ岳『先懸之衆』にちなんで、三成が若手として武功をあげた(千切り)ことから、また魚の練り揚げは昔から食されていると思われるが、後世それは『薩摩揚げ』と呼ばれることになる。すなわち薩摩揚げの先駆けである」と。
 もっとも、三成が賤ヶ岳の戦いで先駆けとして武功をあげたというのは、「一柳家記」にしか記述がなく、実際そういう働きをしたのかということについては、否定的な見解の方が多いようです。史料から三成が諜報活動をしていたことは裏付けられますし、大垣からの大返しの際に街道に松明・握り飯などを用意したというのは三成らの働きだという説を唱える人も少なくありません。
 三成は島津氏の取次を務め、島津氏との結びつきを深めていますし、島津領の検地を行ってもいます。島津義弘が関ヶ原の戦いの際、西軍に属したのは三成との関わりの強さもその一因でした。三成と義弘との仲がよくなかったというのは、俗説に過ぎません。
 二段目の左端にあるのは、「子鮎てんぷら 春菊かすみ揚げ」です。鮎も琵琶湖の名産ですが、30数年前に放送されたNHKの朝の連続小説に「鮎のうた」という番組がありましたが、ヒロインは長浜の出身という設定でした。原作は私が好きだった花登筐(はなとこばこ)です。
 

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