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zoom RSS 石田三成の実像1533 大河ドラマ探訪337 新聞記事「はじめての大河ドラマ」・屋敷陽太郎氏の言葉

<<   作成日時 : 2015/12/21 15:31   >>

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 12月6日付朝日新聞朝刊の「文化の扉」に「はじめての大河ドラマ」と題する記事が掲載されました。その中で、最初の「花の生涯」から今年の「花燃ゆ」までの全54作を時代で分けられ、最も多く描かれたのは「戦国時代」の17作あり、次いで「幕末時代」の13作だと記されています。「戦国もの」が多いということについて、その記事では、「『真田丸』の制作統括を務める屋敷陽太郎氏によると、戦国は広くなじみのある人物が一番多いという。時代小説や民放ドラマなどでもよく描かれ、石田三成ら天下を取らなかった人物も知られている」と記されています。
 この記事からは、屋敷氏が三成の名を出したのかどうかはよくわかりませんが、少なくとも「真田丸」では三成が重要な役割を果たすことになりそうなのは、朝日新聞夕刊に連載されている「三谷幸喜のありふれた生活」からもうかがえます。
 「戦国もの」では、三成は確かによく登場していますが、いいように描かれていたのは、「黄金の日日」「葵 徳川三大」「功名が辻」「天地人」ぐらいです。私はすべての大河ドラマを見ているわけではないので、その他にもあるかもしれません。しかし、大抵の作品では、利休切腹事件や豊臣秀次事件などを画策する陰謀家として描かれています。それは徳川時代に作られた史観に引きずられているからですが、三成がさまざまな政策を通じて平和な社会を作ろうとしていた治世面の活躍にほとんどスポットが当たっていないのを不満に感じます。秀吉が朝鮮を侵略したために、三成も侵略賛成派のように見られ、大河ドラマでもそのように描かれることが少なからずありました。しかし、実際の三成は講和を目指して尽力していたわけであり、そういう姿を描いた大河ドラマはあまり見られません。もっとも、「黄金の日日」では、ルソン助左衛門や小西行長が仕立てた偽国使の正体に、三成が気付きながらも、それを公にしないという場面はありましたが。、
 「はじめての大河ドラマ」では、「制作陣は毎年、史実とフィクションの間で悩む。しかし屋敷さんは『歴史ドキュメンタリーを作るわけではない』。記録が多い幕末でも史実のすきまに『人間ドラマとしての深み』を加える」とも記されています。
 11月3日に大阪明星学園で行われた「真田丸プレミアムトーク」に屋敷氏も出演されていましたが、トークのうまさに感心しました。視聴者が、歴史に熟知している人から、ほとんど知らない人まで幅が広いので、大河ドラマではどこに照準を合わせるのが難しいという話をしておられました(もっとも、歴史をほとんど知らない人まで見るのですから、史実を都合よく変えてはいけないと思うのですが)。その時、「花燃ゆ」の視聴率が低いのを気にしてか、しきりに「花燃ゆ」を見てくださいとも言っておられましたが、個人的な感想を言えば、ヒロインの文(美和)を歴史上の人物と無理に絡ませ、活躍ぶりを描こうと苦心していることがうかがえ、「人間ドラマとしての深み」はほとんど感じませんでした。もっとも、これは「花燃ゆ」だけのことではありませんが。
 

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