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zoom RSS 石田三成の実像1535 太田浩司氏の講演「秀吉奉行としての吉継・三成」1 信繁・吉継・三成の姻戚関係

<<   作成日時 : 2015/12/24 21:44   >>

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  写真は敦賀市立博物館を昨日撮ったものです(写真の日付は間違いです)。昨日は、ここで太田浩司氏の講演会「秀吉奉行としての吉継・三成」が行われ、聴きに行きました。この講演会は「リニューアル記念特別展 大谷吉継 人とことば」に合わせて行われたもので、先に会場の席取りをした後、企画展を見に行きました。講演会は一時半からで、私が会場に着いたのは一時頃でした。定員は50名でしたが、参加者はそれよりはるかに多く、館員さんも予備の椅子を出して対応しておられましたが、全部の椅子を出しても、まだ座り切れない人が出ました。三成人気、吉継人気が影響してか、若い女性たちの姿も多く見かけました。
 講演会は1時間半の予定でしたが、質疑応答の時間も含めて1時間45分余りに及びました。まず講演会は、来年の大河ドラマ「真田丸」の話から始まりました。今まで大河ドラマは東軍側から描いてきたために、三成は悪く描かれてきたこと、唯一の例外は「天地人」の時であり三成は兼続の盟友として好意的に描かれていたこと、吉継に至っては、前半生が描かれることはなく、関ヶ原の戦いの直前から突如姿を現してはかなく消えていく武将として描かれる傾向にあったこと、それに対して来年の大河ドラマは真田信繁(幸村)を主人公にしているので、三成も吉継もいいように描かれるはずだということ、自分が敦賀に呼ばれてこういう講演会を催すのも「真田丸」を意識してのことだと思わせることなど。
 もっとも、三成がいいように描かれていたのは「天地人」だけではなく、「黄金の日日」「葵 徳川三代」「功名が辻」でもそうでしたが。特に「葵」は勝者の徳川を主人公にしながら、敗者側に視点を置くという点で(むしろ、津川雅彦さん演じる家康は毒々しく描かれ、家康びいきの人からクレームが来たほどだと云います)、見るべきものがありました。
 講演会では、信繁、三成、吉継の姻戚関係について、花ヶ前盛明氏編「大谷刑部のすべて」(新人物往来社)に掲載されている系譜(講演会のレジュメにも転載)をもとに説明されていました。大谷吉継の娘が、信繁の妻になっていること、宇田頼忠の息子の頼次の妻が信繁の姉妹であること、宇田頼忠の娘が三成の妻になっていること。講演会では触れられていませんでしたが、真田昌幸の妻が宇田頼忠の妻であることについては誤伝らしいとその系譜には書かれています。
 もっとも、「大谷刑部のすべて」の系譜には一部間違いがあり、頼次は宇田頼忠の息子ではなく、実際は頼忠の兄である尾藤知定の息子であり、三成の父の石田正継の猶子になって、石田刑部少輔と名乗っています。
 太田氏は歴史学者としての立場から、姻戚関係ですべて説明がつくわけではないとことわっておられました。
 

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