関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1542 法要のニュースにうつる 太田浩司氏の講演8 文禄の役の吉継・三成

<<   作成日時 : 2016/01/02 13:17   >>

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 大河ドラマ「真田丸」で山本耕史さん演じる三成がどのような活躍するのか、楽しみにしています。少なくとも悪いようには描かれないのではないかと、大いに期待しています。
 去年は2回、ちらっとテレビのニュースに自分の姿がうつりましたが、1度目は11月1日に長浜市石田町で行われた石田三成の法要の際でした。山本耕史さんが列席し私はその2列後ろに座っていたので、うつったようです。このニュースは残念ながら私は見ていないのですが、後日奈良に住む知人がうつっていたと教えてくれました。関西のローカルニュースで流れたのでしょうか。
 2度目は12月18日に京大東南アジア研究所で行われた「スーチーさんと京都」の講演会においてであり、一番前に座っていた私の後ろ姿がNHKの京都のローカルニュースにうつっていました。スーチー・ルームを見学するところもニュースは取り上げていましたが、前半のグループが訪ねるところであり、私は後半のグループに入っていたため、うつっていませんでした。
 ミャンマー(ビルマ)がこの後、どうなるのかも大いに気になるところですが、スーチーさんの不撓不屈の精神をもって民主化の道を進んでいってほしいものです。
 三成に話を戻しますと、「真田丸」で三成が登場してくるのは、回が進んできてからになると思われます。「NHK 大河ドラマストーリー 真田丸 前編」(NHK出版)には、人物関係図に三成の名前は入っていませんし、配役紹介やインタビューに山本耕史さんは取り上げられていません。大谷吉継を演じる片岡愛之助さんもそうです。
 しかし、昨年の12月23日に行われた太田浩司氏の講演会「秀吉奉行としての吉継・三成」でも触れられていたように、「真田丸」は吉継が関ヶ原の戦いの直前でしか出てこないという、今までの大河ドラマの描き方とは明らかに違うはずであり、若い真田信繁が大坂城に人質同然に送られてきた時、吉継や三成との出会いがあったことが描かれると思われます。朝日新聞に連載されているエッセイ「三谷幸喜のありふれた生活」でも、そういう趣旨のことが記されていましたし、実際、彼らの関係はそこから始まったものと思われます。
 太田氏の講演会では、吉継・三成の同一行動として、文禄の役の際のことが史料として挙げられていました。まず天正20年3月13日付の「文禄の役渡海陣立書」が取り上げられていましたが、名護屋の舟奉行として二人の名前が記されています。この史料は2000年に長浜市長浜城歴史博物館で開かれていた展覧会「石田三成 第2章」でも展示されていました。やはり同展覧会に展示されていた「石田三成等三奉行連署書状案」も史料として示されていましたが、朝鮮半島へ奉行として渡った吉継・三成・増田長盛が現状報告をしたものであり、いかに彼らが日本軍の悲惨な状況を見て取っていたかがわかる内容です。
 
 

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