関ヶ原の残党、石田世一の文学館

アクセスカウンタ

zoom RSS 大河ドラマ探訪347「真田丸」12 三成の実像1575「浜村淳です」のクイズ・嘘の虚空蔵山城の戦い?

<<   作成日時 : 2016/03/14 15:44   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

:今朝の毎日放送ラジオの番組「ありがとう 浜村淳です」(40年以上続く長寿番組で、学生の時から聴いています。むろん、仕事を持っている時は休みの時しか聴けませんでしたが)で、三成のことが取り上げられ、9時のクイズにもなっていました。
 三成は江戸時代は淀殿同様、悪人として捉えられてきたが、それは事実ではなく、その名誉回復をはかるべく、滋賀県が三成のCM番組を作ったことが紹介されていました。
 クイズは、関ヶ原の戦いで敗れた三成が処刑される前に、差し出されたものの体に悪いと断ったものは何だったかという問題でした。3択の問題として出され、答えはむろん柿ですが、この話は「茗話記(めいわき)」に載っていること、柿は本当は体によいということにも触れられていました。
 番組の最後で、三成が評価されて嬉しいという聴取者のメッセージも紹介されていましたが、その人は滋賀県生まれの人でした。
 私も滋賀県が三成のCMを作ったことに、ようやくここまで評価されるようになったかと感慨深いものがあります。
 大河ドラマ「真田丸」に三成が登場するのは4月になってからのことですが、後に三成の盟友となる直江兼続はすでに登場しています。第10回「妙手」では、信繁と兼続が眼で合図して、虚空蔵山城の嘘の戦いを演出し、真田軍が負けたように見せかけるという展開になっていました。これは、ドラマの上では、信繁が上杉景勝に持ちかけた案であり、上杉が真田を破った勢いで上野の北条を攻めるという噂を流させ、北条氏を沼田から引き上げさせることによって、沼田の領地を真田が守るのが目的だと信繁が説明していました。また虚空蔵山城の近くの上田平に徳川が城を築いているのは、上杉に対するものではなく、その城に入る真田が徳川に備えるためのもので、真田が徳川の家臣になることはないこと、真田が得た領地を北条と徳川で勝手に分けてしまい、真田には領土を守る意地があることなどと信繁は言い、景勝の心を動かしていました。兼続は冷静な人物として描かれ、信繁の策に消極的でしたが、主君の景勝の意に添うという展開でした。
 この策も三谷幸喜氏のアイデアによるものと思われますが、話としてはなかなかよく考えられていると思いました。
 もっとも、実際は天正11年3月21日までに、昌幸が虚空蔵山城を攻め、勝利したことが、丸島和洋氏の「真田四代と信繁」(平凡社新書)に記されています。また平山優氏の「真田三代」(PHP新書)には、「3月21日、真田昌幸が虚空蔵山城に不意打ちを仕掛け」、「この合戦で、上杉方は北信濃衆駒沢主税助(ちからのすけ)が戦死するなど甚大な被害を受けた模様であるが、辛うじて真田軍を撃退し、城の確保に成功した」と記されています。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
大河ドラマ探訪347「真田丸」12 三成の実像1575「浜村淳です」のクイズ・嘘の虚空蔵山城の戦い? 関ヶ原の残党、石田世一の文学館/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる