関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1604  大河ドラマ探訪356「真田丸」21 三成の描き方6 大谷吉継との親密さ2

<<   作成日時 : 2016/04/19 11:15   >>

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 「真田丸」第15回の中で、三成の屋敷で三成が加藤清正に会うため退座した後、信繁と吉継が二人きりになり、三成について話を交わす場面がありました。まず信繁が三成のことを「不思議な方ですねえ。これまでは私に対してしごくそっけなかったのに、今宵は打って変わって随分親しげなのです。」と言うと、吉継は「曲がったことが嫌いな男だ。だから私は好きなのだが、理が立ちすぎるところがあって、人を立場ではかってしまうところがある。そっけなかったのは、恐らくそなたを低く見ていたから。嘘をついたのもそれほど話したくはなかったから」と説明し、信繁が「急にそぶりが変わったのは?」と訊くと、「殿下がそなたのことを気に入ったからだ。その刹那、真田源次郎は、治部殿にとって大切な人になった。こういうわけだ」と解説すると、信繁は「なにやら腑に落ちました」と納得していました。吉継は「不快な思いをさせたようだの。治部殿に代わって、私がお詫びしよう」と謝罪しようとすると、信繁は「やめてください」と言い、吉継は「悪い男ではない。わかってやってくれ」と言っていました。
 いかにも吉継は三成の人となりについてよく理解しているという描き方であり、まっすぐな性格だけれどもとっつきにくいところがあるというふうな捉え方でした。こういう誤解を生むところが、武断派との確執につながってゆくのかという印象を持ちますが、実際、どうなのかは今後のドラマの展開を見ていきたいと思います。
 「真田丸」では、秀吉が上杉景勝と直江兼続に会うのをすっぽかして、信繁を誘って、吉野太夫に会いに行き、いたく信繁を気に入る展開になっていました。
 吉継は秀吉が信繁を気に入ったことについて、信繁に対して、「殿下は気に入った若者はすぐそばに置きたがる。これから面倒なことになるぞ」と言って笑っていました。「真田丸」では、今は景勝に誘われて一緒に上洛している形ですが、この後、真田家の人質として遇される存在になるかは把握していません。丸島和洋氏の「真田四代と信繁」(平凡社新書)には、「信繁は人質ではなく、秀吉の直参衆(直属の家臣)だった」と指摘されています。
 秀吉は翌6月14日、景勝に対面した時、真田昌幸に肩入れをするなと命じていました。まもなく、家康が真田征伐をするから、上杉は真田に味方しないようにということでした。
 もっとも、こういう描き方は史実とは少し違っています。この時、「秀吉は、真田昌幸を徳川家康の支配下に戻すという意向を示した」と、丸島氏の同書に記されています。
 丸島氏の同書には、秀吉が徳川家康による真田討伐を容認したのは7月であり、「いっこうに出仕する姿勢をみせない昌幸に対し、秀吉の姿勢も変化した」こと、「秀吉の政治課題はあくまで家康の服属であった」ことが、その背景にあることが記されています。
 

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