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zoom RSS 三成の実像1610 大河ドラマ探訪359「真田丸」24三成の描き方9 堺奉行3 玉造とフランク三浦

<<   作成日時 : 2016/04/28 11:22   >>

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 昨日の関西テレビの番組「よーいどん」の「となりの人間国宝さん」のコーナーで、織田信成さんが、真田幸村で盛り上がる玉造の町を歩いていました。「真田丸」のジオラマが置いてある店の人に、「真田幸村と織田信長はどちらが強いんですか」という無茶な問いを発していました。店の人は時代が少し違うとことわりながらも、「織田信長」と答えていました。
 以前、信成さんは同番組で安土を初めて歩いていましたが、信長ゆかりの地ということでハイテンションになっていました。信成さんの関西での町ぶらロケは、町で出会う人々に「泣かないで」とか反対に「泣いて」とか言われるなどして、そのいじられ方やからみ方が面白く、毎回楽しみに見ています。
 信成さんは玉造の「フランク三浦」を作った会社を訪ね、社長や社員からいろいろと話を聞いていました。高級な時計も販売しており、「フランク三浦」は一割程度の売り上げだということ、「フランク三浦」は社長と社員の二人で考えていることなど初めて知りました。遊び心あふれる、デザイン性に富んだ、各都道府県モデルや真田幸村モデルの時計なども紹介されていました。真田幸村モデルは数字の代わりに十二支が使われ、幸村の肖像画が真ん中に描かれています。私もこの時計が欲しくなりました。
 さて、大河ドラマ「真田丸」では、堺奉行となった三成が利休を引きずりおろすという考えを大谷吉継に告げ、それを信繁が盗み聞きするという場面を設けていましたが、こういう三成の姿に信繁が共感するのはありえないのではないでしょうか。このあとの展開が気になりますし、政権内のさまざまな問題を信繁が目にしていくことになるのではないかと予想されますが、信繁が三成に心を寄せていく過程が本当に描かれるのかどうか少々不安に感じます。
 堺奉行としての三成の姿が好意的に描かれていたのは、大河ドラマ「黄金の日日」でした。その時は三成を演じていた近藤正臣さんが、「真田丸」では家康の家臣の本多正信を演じていることに、隔世の感があります。「黄金の日日」では、三成は堺の商人のルソン助左衛門と親しく、堺の発展のために尽力する姿が描かれていました。利休切腹事件の際も、三成が利休の助命を秀吉に嘆願に行っていました。それは事実であるかどうかわかりませんが、「真田丸」では、堺に対して高圧的な姿勢で臨む三成の姿が強調されている気がします。もっとも、今のところ、三成が堺の商人に対して、そういう姿勢で臨む場面は描かれていませんが。これで思い出すのは、山田芳裕氏の漫画「へうげもの」で、三成が堺の納屋衆に居丈高に言う場面です。「前任の松井友閑様は数に疎うござった。以後この石田治部少輔がきちんと面倒見申す」、「武人と商人の区別もきちんとつけて参る」などと。
 むろん、奉行は取次と同様、指南的な役割も果たしましたから、秀吉の命令を伝えるという役目上、時には高圧的な姿勢を取ったかもしれませんが、「へうげもの」の描き方は一面的な印象を受けます。
 

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