関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1592「三成フェス」10  パネルディスカッション1 三成に出会ったのはいつ?

<<   作成日時 : 2016/04/05 18:06   >>

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「三成フェス」のパネルディスカッションでは、まず三成との出会いはいつだったかについて、コーディネーターの中井均氏が尋ねていました。松平定知氏は「その時歴史が動いた」という番組においてであり、三成のことが好きだと述べておられました。松平氏もいろいろと忙しく、前日は真田昌幸・信繁が流された九度山を訪ね、翌日は大阪に行くとのことでした。ちなみに、「その時歴史が動いた」の中で、三成の立場で描いたものとしては、2005年に放送された「家康が最も恐れた男〜敗者石田三成の関ヶ原」があります。
 「真田丸」の制作統括を担当している屋敷陽太郎氏は「黄金の日々」の近藤正臣さんが演じた三成だったと述べておられました。オンライン三成会の会員でも、最初に三成に興味を持ったのは、「黄金の日々」を見てからだという人が少なくありません。私は目を悪くしていた時期なので生で見ていませんでしたが、後にオンライン三成会の人にビデオを借りて見ました。三成は主人公のルソン助左衛門の親友として設定され、堺奉行として共に堺の発展のために尽くすというふうに描かれ、そのりりしく颯爽とした姿が印象的でした。
 私が最初に三成と出会ったのは、大河ドラマ「太閤記」の時であり、石坂浩二さんが三成を演じていましたが、秀吉に付き従う若々しいその姿が脳裏に焼き付いています。しかし、なにしろ、中学生の時だったので、三成がどういうふうに描かれていたのかはよく覚えていませんが、悪い描き方ではなく、恰好良かったという印象があります。
 私が次に三成に注目したのは、テレビで正月に放送されていた「関ヶ原」であり、加藤剛さんが好演していたのですが、そのドラマの原作本である司馬遼太郎氏の小説「関ヶ原」を三成との出会いに挙げたのは、小日向えり氏です。小日向氏はその小説に描かれた、義に厚い、まっすぐ過ぎる三成に共感し、「人は利で動くのか」とつぶやく三成の言葉が特に印象に残っていると述べておられました。小日向氏の座右の銘は「大一大万大吉」であり、3月27日は三成の日(私も知りませんでしたが、語呂合わせです。この日に合わせて滋賀県の三成CM第二弾が放送されるということが、後で触れられていました)であることを告げていましたが、彼女の三成愛が半端ではないことが言葉のはしばしから感じられました。
 司馬氏の「関ヶ原」は、私も関ヶ原物で初めて読んだ小説ですが、秀吉の死の前後から関ヶ原の戦いまでの経緯を克明に描いた壮大なドラマであり、関ヶ原物の定番になっています。もっとも、従来の通説に基づいて描かれたものですから、今から見れば、問題はいろいろとあります。三成=淀殿、家康=武断派=北政所という捉え方、三成は家康によって関ヶ原におびき出されたという描き方など。小説の内容を鵜呑みにしないで読むことが必要です。
 

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