関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1617 大河ドラマ探訪367「真田丸」31 三成の描き方14 信幸と親しくなるのか?

<<   作成日時 : 2016/05/11 21:49   >>

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 大河ドラマ「真田丸」で、信繁と三成との関係が今後どうなってゆくのか気になりますが、合わせて信幸と三成の関係も今後変化してゆくのか、しないままなのかも注目しています。
 信幸と三成の最初の出会いは、昨日付の拙ブログで触れたように最悪であり、信幸の挨拶も三成は遮りましたし、昌幸と信幸が持参した秀吉への献上品である毛皮を臭いと言って、臭わないように後ろの方に押し込んでおきましょうと入れるよう家臣に指示していました。秀吉と対面できず、秀次と三成に無礼な扱いを受けた信幸は立腹し、「殿下のお言葉がない限り、上田には帰れぬ。石田治部にそう伝えろ」と信繁に言い放ち、三成を呼び捨てにしていました。
 信幸は後に本多忠勝の娘である小松姫と結婚し、関ヶ原の戦いでも東軍に就きましたから、信幸と三成は対立関係にあったと考えがちですが、実際は二人の仲は親密であり、それを示す信幸宛ての三成書状が十数通残っています。しかも、信幸は徳川の時代になっても、それらの書状を廃棄せず、大切に保存し、それは代々受け継がれました。その三成書状については、オンライン三成会編「三成伝説」(サンライズ出版)の「真田信之」の章でも、中井俊一郎氏の「石田三成からの手紙」(サンライズ出版)の第8章「【交友】立場を越えた友情ー真田信幸宛」で詳しく記されています。
 こういう書状から、二人の関係の近しさがうかがわれるのですが、「真田丸」でも、信幸が三成という人間の真の姿を知って、親しい仲になるというように描かれることを期待したいと思います。
 三成が真田家からの献上品にけちをつけるというのは、毛利輝元が季節はずれの桃を献上しようとしたところ、それを三成が秀吉の体に障るといけないと断った逸話から思いついたものかもしれません。
 献上品をみた三成が、「色が悪い、とりあえず箱だけでも鮮やかな色のものに差し替えましょう」などと言うのは、秀吉の派手好みを三成が知っており、主君のことを考えたからだという捉え方ができますが、毛皮が臭いと三成が言うのは、彼が武断派のような荒くれ者ではなく、都会的なセンスを持つ吏僚であるという描き方がされているためではないでしょうか。
 しかし、それは一面的な捉え方であって、三成はあくまで武将であり、野太い面も持ち合わせていました。それがよくわかるのは、三成が鷹狩りのマニアだったことであり、そのことを示す三成書状が、中井氏の「石田三成からの手紙」の第7章「【趣味】鷹狩マニアとしてー中納言宛」で取り上げられています。この中納言は、織田秀信のことではないかと中井氏の同書では推定されています。
 

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