関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1648 「歴史街道 石田三成と大谷吉継」2 山本耕史さんのインタビュー記事1

<<   作成日時 : 2016/06/12 18:59   >>

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 「歴史街道」七月号に掲載されている山本耕史さんのインタビュー記事ですが、「真田丸」の三成役にかける思いがよく出ていました。
 山本さんが三成の故郷に行ったことにも触れられていましたが、三成祭の法要に参加され、その時に間近に山本さんのお顔に拝したことについては拙ブログ記事で記しました。三成の地元を訪ねた時の思いについて、インタビュー記事で次のように述べられています。
 「とても心に残ったのが、地元の方々が、四百年くらい昔に生きていた人のことを、それこそ、ついさっき会ったようにお話しされていたこと。それだけ、今なお現地で愛されている人物なのだと実感し、身も心も引き締まる思いで演じています」と。
 地元の人が三成のことを、「三成さん」と親しみを込めて敬称付けてを呼んでおられることは、オンライン三成会編「三成伝説」(サンライズ出版)の中でも記されています。
 脚本を担当している三谷幸喜氏から「真田丸」のクランクインの前に言われたことも、「歴史街道」のインタビュー記事には掲載されています。
 「今までの三成像はわりと敵役というか『嫌な奴』として描かれてきたけれども、今回の三成は、恐らく今までの多くの三成像の中で最も熱い男である」と。
 もっとも、「真田丸」の三成は最初のうちは従来通り「嫌な奴」として描かれていました。信繁に対しても、昌幸・信幸に対してもぞんざいな態度を取っていました。
 このことについて、インタビュー記事では、「三成は、信繁と出会った当初には目もくれません。それは比喩ではなく、話していても本当に視線を合わせないんですね」と述べています。それが、「次第に信繁の人を惹きつけるカリスマ性と、周囲を癒すような雰囲気に触れて」、「三成は信繁の魅力に触れ、やがて認めるようになり、その柔軟性に少なからず感化されることになります」というふうに、二人の関係が変わってゆくわけです。
 また信繁も「三成と接する中で、今までになかった考えや物事の見方を得た部分はあると思うんです」と述べ、「そんな二人の関係性は、今作の大きな見どころではないでしょうか」 と説明されています。
 二人は「真逆」だとも述べられていますが、こういうふうに二人を対照的な存在として捉え、劇的なドラマを生み出すところが、三谷氏の脚本の巧みなところでしょう。それが史実かどうかは別ですが。三成が「嫌な奴」というイメージは江戸時代に作られたもので、誇張され過ぎており事実ではないというのが私の考えです。

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