関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 三成の実像1643 「知恵泉石田三成」3 「金や地位に対して潔癖であれ」2「明快なプレゼンをせよ」1

<<   作成日時 : 2016/06/07 15:43   >>

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 Eテレで放送された「先人たちの底力 知恵泉 劣勢を覆すには?〜石田三成『関ヶ原の戦い』への道」の中で、三成が発揮したの知恵の第1点目の「金や地位に対して潔癖であれ」ということに関して、三成が島左近を召し抱えたことが取り上げられていました。三成が四万石の領主だった時に、猛将で有名だった左近を、半分の二万石で召し抱えたという逸話が紹介されていました。三成が水口城の城主だったということは述べられていませんでしたが、オンライン三成会編「三成伝説」(サンライズ出版)でも、三成が水口四万石の領主になった形跡はないことが記されています。また筒井氏に仕えた左近と、三成に仕えた左近は別人であり、左近は代替わりしていたという坂本雅央の見解がありますし、三成が左近を召し抱えたという経緯や内容に関しては、その時期も含めて今後の検討課題だと思われます。しかし、三成が左近を高禄で召し抱えたということ自体は事実でしょうし、三成は他にも蒲生家や秀次の家臣を高禄で召し抱えており、家臣には惜しみなく禄を与えています。
 番組では、「奉公人は主人よりいただいたものは、すべて主人のために使って残さないものだ。残すのは盗人であり、さらに使い過ぎて借金するのは愚人である」との三成の言葉が紹介されていました。
 「地位や財産には目もくれず、ひたすら主や友のために生きたいと考えた三成」という説明がされ、三成が佐和山から筑前筑後への加増栄転を辞退したことも同様であり、自分がそばを離れれば秀吉が困ると考えたからだと解説されていました。加増辞退のことについては、三成が家臣の大音新介に宛てた書状の中に記されており、この書状の内容については、中井俊一郎氏の「石田三成からの手紙」(サンライズ出版)の中で詳しく論じられています。
 清廉潔白なことがリーダーの条件だということは、ゲストの塙昭彦氏も中国での体験談を交えて語っていました。
 番組で取り上げられていた「劣勢を覆すには?」の第二点目は「誰でもわかる明快なプレゼンをせよ」ということです。その例として取り上げられていたのは、三成が領内に出した「十三ケ条掟書」と、三成が家康に対して挙兵した時に諸大名に送った「内府ちがひの条々」です。
 「掟書」は、成菩提院に残されたものが紹介されていましたが、年貢は検地帳に記載されたものが責任をもって納めるべきことが記されているが、不作の時は収穫高を見て農民と役人が話し合う権利も認められ、困ったことがあれば、直訴も認めるという一文もあり、農民に義務を課すだけではなくそれに見合うだけの権利も認めるというのが三成のやり方だったと説明されていました。三成はこの通達を領民の多くが読めるようにかな書きにし、簡潔な箇条書きにして、人々にきちんと趣旨を理解させた上で、自発的に協力しているもらうことが、名行政官・三成の秘密だったとも説明されていました。

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