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zoom RSS 石田三成の実像1684大河ドラマ探訪414「真田丸」84「秀吉チルドレンそれぞれの正義」5名護屋城 

<<   作成日時 : 2016/08/05 11:30   >>

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 NHKで放送された「真田丸第二章まるわかり 秀吉チルドレンそれぞれの正義」の中で、山本耕史さんは熊本の清正の菩提寺である本妙寺を訪ね、猿の石像にまつわる逸話を、住職さんから聞いていました。清正が論語を読んで参考になるところに、朱筆を引いていた時に、清正が座をはずして戻ってくると、猿が朱筆で本をめちゃくちゃにしていたが、清正はそれを怒らず、「勉強がしたいという心がけが感心じゃ」と猿を抱いて頭をなでながらほめたと。
 山本さんは熊本城の設計やこの話を聴いて、三成にとってライバルの清正がかわいらしくもあり、いろんな幅があったのを知り、想像していた以上に器の大きな、しっかりした人物だったということが感じ取れ、今後の三成を演じる上できっとプラスになると思うと述べていました
 番組では、優しい面もあった清正、質素だった三成、神経がこまやかだったというところでは似たもの同士だったかもしれないと説明されていました。
 山本さんと片桐且元役を演じる小林隆さん、豊臣秀次を演じる新納慎也さんが、唐入りの拠点となった名護屋城を訪ねていましたが、 タブレットを持ち、それを遺構に向けると、画面に当時の城の様子がCGで再現されたものが映っていました。三人はその画面に感動していましたが、城の全体の様子もCGで紹介されていました。
 新納さんは、名護屋城の広さや大きさを目の当たりにし、実際秀吉が踏んだといわれると怖くなってきて、自分が秀吉だったら、たくさんの人々が自分を慕ってきて、自分の一挙手一投足に意味が出てくるから怖くなってくるのではないか、その息子の秀次は大変なプレッシャーだっただろうと感想を述べていました。
 三人は当時の石垣が残る真田昌幸陣跡を訪ね、山本さんは実際の場所に来ると役者は力をもらえる、小林さんは歴史の重みを感じる、新納さんは本当だったんだと、それぞれ述べていました。
 番組では、昌幸が陣屋で待機し、信幸も信繁もそれぞれの陣屋を持ち、信繁は自分の陣屋から登城し、秀吉の警護に当たっていたことや、全国の武将の陣屋が名護屋城まわりには130もあったこと、三成の役割は戦地の兵糧や兵士の管理を取りしきる奉行職(自ら渡海したことも後で述べられ、現地での戦況を記した三成ら三奉行連署状についても触れられていましたが)、且元は名護屋城と戦地の連絡役、秀次は名護屋で陣頭指揮を執る秀吉に代わって国内政務を執りしきる重要な役回りだったと説明されていました。
 拙ブログ記事で記しましたが、昨年秋にオンライン三成会の会員有志と共に、名護屋城を訪ねましたが、陣跡としては野元の三成陣跡、最初の三成の陣があったと思われる生駒親正陣跡、佐竹義宣陣跡、上杉景勝陣跡などを見て回りました。一日だったので、他の陣跡を回れなかったのは残念でしたが。
 

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