関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 石田三成の実像1749  関ヶ原合戦祭 山本耕史さんのトークイベント2 三成の極端な台詞

<<   作成日時 : 2016/10/20 21:38   >>

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 写真は15日に行なわれた関ヶ原合戦祭の山本耕史さんのトークイベントの様子を撮ったものです。司会者は歴ドルの小栗さくらさんです。
 小栗さんが、ネットによる「真田丸」の好きな人物ランキングで、第一回でも第二回でも石田三成が第一位に選ばれていると明かしていました。二位、三位は直江兼続、真田信幸(第一回と第二回では逆の結果)でした。山本さんは、直江兼続の物まねを披露し、会場の人々を沸かしていました。
 三成はまっすぐな性格で、なんでもずばすばとものを言い、豊臣家にあくまで忠義を尽くした姿が評価されたのではないかと山本さんは述べていました。「バカと話すと疲れる」という言葉を、布陣パフォーマンスの時も含めて何回か口にしていましたが、これもみんなにウケていました。
 しかし、私自身はこの言葉が好きではありません。三成が「へいかい者(横柄者)」と呼ばれていたことから、三谷幸喜氏が考え出した言葉でしょうし、「私は人に好かれようと思わない」と言い方もそうです。三成が傲慢な言い方をしていたとは思いませんが、もしそう思われていたととするなら、それは奉行や取次という立場がそうさせたのではないかと考えています。取次は、単に秀吉と大名の間を仲介するだけでなく、指南役も果たしましたから、秀吉の命令を実行させるために厳しい言い方をしたかもしれません。
 もっとも、「人に好かれようとは思わない」という言葉について、山本さんは好きな言葉であり、自分もそう思っているとおっしゃっていました。人の顔色をうかがったり、好かれようとしたりすれば、自分を見失いかねないからだと説明されていました。確かにそう言われれば、うなずける点もありますが。
 三成が秀吉に忠義を尽くしたということについては、そういう儒教的な見方に捉われるべきではなく、三成は新たな政治・社会システムを構築しようとした点を評価すべきだとの太田浩司氏の見解があり、私も同感です。
 山本さんにとって、「真田丸」の中で切なさを感じたのは、慶長4年1月に三成が家康を襲撃しようとした際、北政所の理解を得られなかったところだと述べていました。しかし、実際にこの段階で三成が家康を討とうとしても北政所は賛成しなかったと思われますし、そもそも、この時点での三成による家康襲撃事件はなかったと私は考えています(『当代記』に記述があるのみ)し、このことは拙ブログ記事でも触れました。
 三成は「人望がない」と山本さんは「真田丸」に従った解釈をしていましたが、「真田丸」の描き方は極端であり、三成側にも諸大名は集まっていました(茶会も開いています)し、また三成なりに、独自の広い人脈を築いていましたから、「人望がない」というのも江戸時代以来、作られたイメージだと思っています。
 

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