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zoom RSS 石田三成の実像1843 旅行記86 有馬温泉4 伏見城から移築された瑞宝寺の山門・「有馬山」の歌碑

<<   作成日時 : 2017/02/08 16:01   >>

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 写真は有馬温泉にある瑞宝寺の山門を3日に撮ったものです。この山門は伏見城の門を移築したものだといわれています。
 われわれは有馬籠の店「くつわ」を見た後、坂を上ったところにある炭酸泉源を訪ねました。ここは公園になっており、蛇口をひねると、水が飲めるようになっています。温泉の湯なのでぬくいかと思いましたが、水のように冷たく、鉄分の味がしました。
 その後、林渓寺の前を通って、雪国神社から、杖捨坂を出ました。「杖捨坂」の名の由来は、杖を突いて湯治に来た人が温泉につかって、すっかり元気を取り戻し、帰る時には杖を捨てて帰ったという故事に基づいています。その杖捨坂を上り、杖捨橋を渡りましたが、この橋に杖を置いて帰ったと云われています。
 さらに坂道を登り、瑞宝寺公園にたどり着きました。瑞宝寺は明治時代に廃寺になり、山門や歴代住職の墓などだけが残って、今は公園になっています。公園内には、秀吉が愛用した伝わる石の碁盤も残っています。秀吉は利休を伴ってここで茶会を催したと言われており、それにちなんで、秋にはここで秀吉をしのんで有馬大茶会が開かれているそうです。
 公園内には、百人一首にも取り上げられている、大弐三位(だいにのさんみ)が詠んだ和歌「有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする」の歌碑もあります。大弐三位は、紫式部の娘の賢子のことですが、母親と同じように、藤原道長の娘である中宮彰子に仕え、後には道長の外孫に当たる後冷泉天皇の乳母にもなっています。
  「いでそよ」は、「さあ、そのことよ」という意味ですが、「そよ」は静かに風が吹く様子を表す副詞でもあります。「やは」は反語の係助詞であり、「人を忘れるだろうか、いや決して忘れることはない」という意味です。
 この歌はしばらく通って来なかった男にあなたが心変わりしたのではないかと気がかりだったとしらじらしく言われた時に返したものであり、歌意は次のようになります。 「有馬山のふもとの猪名の笹原に風が吹くと、そよそよという音がする。心変わりしたののではないかと気がかりだったとあなたは言うが、さあ、そのことよ、それはあなたのことであって、私はあなたを忘れるだろうか、いや決して忘れることはない」と。
 見事なしっべ返しの歌であり、百人一首に取り上げられるのも当然という気がします。和歌の素養は母譲りのものだったのでしょう。
 瑞宝寺公園は温泉街の中心から離れており、この時もわれわれ以外に人の姿はありませんでした。
 

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