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zoom RSS 日本文学探訪127 植村武先生の短歌のロシア語翻訳3 一茶の土蔵の歌

<<   作成日時 : 2017/04/04 18:06   >>

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 当時のソ連政府が発行した「世界文学シリーズ」の「日本詩歌集」の中に植村武先生の短歌が5首、ロシア語に翻訳されて掲載されており、短歌とロシア語翻訳がどのように違うかを拙ブログ記事で取り上げていますが、その続きです。

 雪解けの雫(しづく)しきりに軒に落ち暗き土間には土の香(か)にほふ
 
 この短歌はロシア語では次のような五行詩に翻訳されています(天理大学ロシア語科の大谷深教授の訳による)。

 はや雪解けの雫が
 たえまなく窓のしきいを打ち、
 その暗いかげでは、
 もう 湿った大地のかおりが
 ただよっている。
 
 短歌と訳詩とはかなり内容が違っており、先生も、訳詩の原作がこの短歌とはわからなかったと述べ、先生の第二歌集「青波」の随想「短歌の翻訳」の中で次のように記されています。
 「原作は、北国の初冬、信州柏原の一茶終焉のうす暗い土蔵の中の情景である。ところが、訳詩の方では、雪に閉ざされた長い冬が過ぎ、ようやく訪れた春を迎えようとする人々の、心のときめきとでもいった詩情となっている」と。
 訳詩が誤読された原因として、「雪解け」という言葉があるように思えます。「雪解け」と聞けば、冬の終わりというイメージがあるからで、先生の短歌を見たロシア人もそのように解釈したのでしょう。訳詩には「土間」という言葉がなく、「暗いかげ」という表現に変わっており、趣きが違っています。この歌には、小林一茶の名前が出ていませんから、特別な土間ではなく、一般的な土間と捉えるのも無理からぬところです。
 この歌が載っているのは、先生の第一歌集「凌霄」ですが、五首の連作になっており、一茶の土蔵を詠んだことがわかるようになっています。ちなみに、この歌の前には次の歌が掲載されています。

 これがまあ一茶終焉の家といふ 窓さへなくて暗き土蔵(つちぐら)

 一首の歌だけで、詠まれた状況を正確に把握する難しさといったものも感じさせられます。

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