関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 三成の実像2292 番組「偉人たちの健康診断 石田三成」5 過敏性腸症候群だったという見解2 韮雑炊

<<   作成日時 : 2018/06/04 10:34   >>

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 NHKの番組「偉人たちの健康診断 石田三成」の中で、三成が過敏性腸症候群の病を抱えていたという見解が述べられており、関ヶ原の戦いの後、おなかを壊し下痢をおこしていたという江戸時代の書物「名将言行録」の記述が取り上げられていました。
 番組では出てきませんでしたが、江戸時代に書かれた「常山紀談」の中では、逃亡していた三成を捕縛した、旧知の田中吉政が三成をもてなそうとした時、三成は「腹を壊しているので、韮雑炊をほしい」と言ったとあります。三成が一時匿われた古橋村では、腹痛の際には韮雑炊を食べるようになったと云われていますが、この古橋に伝わる三成に関する言い伝えは、オンライン三成会編「三成伝説」(サンライズ出版)のコラム「古橋の『都市伝説』」の中でも紹介されています。
 同じく江戸時代に書かれた「関ヶ原始末記」には、逃亡した三成が、2、3日ろくな食事をしないで稲の穂などをかじっていたため、おなかを壊したと記されていますが、原因は異なるものの、おなかを壊していたということに関しては共通しており、一次史料ではないとはいえ、やはり腹痛や下痢で苦しんでいたのではないでしょうか。
 番組では、三成は関ヶ原の戦いで裏切られて敗れ、ストレスが続き、過敏性腸症候群が悪化し下痢を引き起こしたかもしれないと説明されていました。大河ドラマ「真田丸」でも、三成が大事なところで、腹痛を訴える場面が二回程ありましたが、三成が過敏性腸症候群をかかえていると捉えていたのでしょうか。
 三成が伏見城下にいる真田信幸に宛てた書状が残っていますが、その書状の中で三成が体調が悪かったと記述されているものがあります。
 たとえば、次のような内容です。
 「度々の思し召し御礼申し上げます。ことに再々おたずねいただきましたのに、煩いゆえにお会いできませんでした。もはや(具合も)よくなりましたので、相つもる話をしましょう」
 「御礼状拝見しました。私が煩っていたこと、よくもうご存知でしたね。宿に戻りましたが、すこしくたびれています。一両日には罷り出るつもりです」(中井俊一郎氏の「石田三成からの手紙」より)
 ここには腹痛などということは記されていませんが、何回も繰り返していることからすれば、その可能性はあったことは否定しきれません。病名はともかく過労のため、三成が病気になりやすい状態になっていたのは確かではないでしょうか。

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