漫画探訪11 「手塚治虫作品における悪の系譜」1 「MW」の結城

 手塚治虫の漫画の主人公は正義の味方だけではなく、いわゆる悪人を描いた作品も少なくありません。その中でも悪の権化の代表格は「MW(ムウ)」の結城です。
 結城はかつて子供の頃、沖縄の小島で密かに開発されていたMWという毒ガスを浴びて大脳を冒され、良心やモラルのかけらさえなくしてしまいます。大人になった彼は、表向き模範的な銀行員を演じながら、その裏で人を誘拐したり、平気で人を殺したりします。さらにはMWを自ら手に入れようとしますが、それは毒ガスを世界中にばらまいて、人類を葬り去ろうという恐ろしい計画のためでした。結局、その計画はかろうじて防ぐことができるのですが、こういう悪者は最後に報いを受けるのが当然であるのにもかかわらず、うまく生き延びてしまいます。
 そういう意味では救いのない作品であり、後味の悪さが拭えません。もっとも、結城も本来的に悪というわけではありません。彼をこういう人間にしたのはMWであり、人間が作り出した毒ガス兵器のしわざです。手塚治虫は敢えてこういう極端な人間をこしらえ上げることによって、化学兵器の恐ろしさを描き、人類に警鐘を鳴らしたかったのではないでしょうか。
 この作品を読んでいますと、オウム真理教によるサリン事件のことを思い浮かべてしまいます。毒ガスが漏れて、あちらこちらに島民が倒れている凄惨な場面はまさにそうですし、結城がその後遺症に苦しむところは、十年余りを経てなおサリンの後遺症と闘っている人々の姿と重なり合います。この作品は1976年から78年にかけて書かれたものですが、サリン事件を仕組んだオウム真理教の幹部連中がこの作品を事前に読んで研究していたのではないかとさえ私は考えてしまいます。もしそうだとすれば天国の手塚治虫もどんなに悲しんでいることでしょう。
 いや、早晩こういう事件が起こることを予見していたのかもしれません。それだけ人間は恐ろしくも怖くもなれるということを手塚治虫はよく知っていたからこそ、こういう悪魔的な人物を造形できたわけで、彼の心の闇の部分をかいま見た気がします。

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