漫画探訪15 「手塚治虫にとっての重い体験」2

 虫プロの倒産、巨額の負債は手塚治虫に少なからぬ影響を及ぼしました。もっとも、手塚治虫は虫プロの倒産の2年前に、社長を辞任して、虫プロは彼のアニメだけではなく、他の作家のアニメも扱う独自路線を歩み始め、彼の手を離れていました。しかし、虫プロは彼の原点であり、アニメへの情熱を現実のものとするため、それまで漫画で得た収入を惜しげもなくその事業に投資しており、彼の血や肉といった存在でしたから、虫プロの倒産は、彼にとって大きな打撃でした。
 人は困難な状況に追い込まれた時に、自分や他人の真の姿が見えてくるものです。逆境にあって、それに負けてしまう人、それを跳ね返す人、さまざまですが、その人の真価がそういう時に問われます。親類や友達にしても同様であり、それまで愛想よくしてくれていた友達などが、突然冷たくなって離れてゆく場合もあるし、逆にその人の窮状を見るに見かねて励ましたり応援してくれたりする友達もいます。
 手塚治虫も倒産や借金によって、人の心のたのみがたさも知る一方で、夫婦の絆の強さを身にしみて感じ取りましたし、彼を尊敬する漫画家たちやファンに声援を受けて頑張らねばという気持ちにもなりました。彼が見事に立ち直れた背景には、彼自身の持ち前の精神力の強さだけではなく、そういう周囲の温かい目もあったのです。
 彼が「ブラックジャック」の連載を始めたのは、そういう倒産、借金の状況の中においてでした。ニヒルな医者を主人公に持ってきたのも、彼自身のそういう困難な状況が原因していると思われます。「ブラックジャック」の作品に、光と影の両方がさしているのは、そのためでしょうし、この作品より深いものにするのに役立っています。手塚治虫はそういう時期を経ることによって、脱皮をはかることができ、大きく成長したはずですし、一段と奥行きや幅のある作品が生まれることにもなりました。
 「三つ目がとおる」や「シュマリ」など多種多様の作品が次々と生み出されますが、人間と幽霊との交感を描いた「日本発狂」という作品の冒頭部分で主人公が亡霊の行進を目撃する場面は、当時の寒々とした手塚自身の心象風景そのものといった印象を受けます。
 彼は負債を返すために、漫画の仕事に没頭し、虫プロ倒産の翌年には、月平均300枚以上の漫画を書いています。文字通り、すさまじい不屈の闘志の現れでした。

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