石田三成の実像105 「連作短歌・無念関ヶ原」15 小早川の裏切り
写真は御香宮神社にある伏見城石垣の残石であり、3日の昼間、初詣に行った際に撮ったものです。これらの石は秀吉時代のものかもしれません。
さて、関ヶ原の戦いですが、正午頃、小早川秀秋の裏切りによって、形勢が一挙に変わります。
家康も焦りゐたるか小早川の陣に銃撃ち寝返り促す
寄せ集めの西軍たるを露呈せり兵の動かず果ては裏切る
雪崩打つ寝返りに思ひ知りたるか人の心の恃(たの)みがたさを
兵力も布陣も優り正義さへ標榜する軍一日持たず
小早川がなかなか動かないことに業を煮やした家康は松尾山に銃を撃ちかけ威嚇します。小早川秀秋はどちらにつくか迷っていたのでしょう。家康に内応することを約束していましたが、三成側からも秀頼成人までの関白の地位を提示されていました。司馬遼太郎の「関ヶ原」などでは、秀吉の未亡人である北政所が甥の小早川秀秋に家康に味方するようにという指示があったとされていますが、それは間違いです。進んで裏切りをしたとするなら、関ヶ原の戦いの後悩むこともなかったはずですし、そからわずか二年後に21歳という若さで死にもしなかったでしょう。それに彼の弟たちは大半が西軍の味方をしているのであり、彼だけが東軍に味方したのです。
昔、NHKの番組で、家康が松尾山に撃ちかけた銃の音がどれほどのものか再現していたことがありますが、関ヶ原では戦いの最中でしたから、山上にいる小早川にはそれほど大きな音ではなかったと推定していました。しかし、心理的に葛藤していた小早川にとっては、大きな作用を及ぼしたはずです。
小早川は裏切りを決断し、大谷隊に襲い掛かれと指示します。大谷吉継はこのことを予期した布陣をしていましたから、一万五千の小早川隊をよく防ぎ、一時は押し返しますが、西軍だった朽木、赤座、脇坂たちも裏切り、大谷隊は多勢に無勢で、総崩れとなりました。
三成も小早川の裏切りにはさぞや歯噛みをしたことでしょう。西軍総攻撃の合図の狼煙によって動かないことにも苛立っていましたが、小早川や朽木、脇坂たちが兵を自分たちの方に向けてくるに至って、敗戦を覚悟したに違いありません。人の心が頼りにならないことを目の当たりにしたでしょう。義は自分の方にあることを信じていたものの、人は利害によって動くものだということも分かっていなかったはずはなく、それだからこそ、小早川にも関白職を提示していたのですが、戦いの最中の裏切りには人間の醜さだけが見えたのかもしれません。天下分け目の戦いにしては、あまりに早い決着であり、誰もそうなることを見越していなかったのではないでしょうか。
さて、関ヶ原の戦いですが、正午頃、小早川秀秋の裏切りによって、形勢が一挙に変わります。
家康も焦りゐたるか小早川の陣に銃撃ち寝返り促す
寄せ集めの西軍たるを露呈せり兵の動かず果ては裏切る
雪崩打つ寝返りに思ひ知りたるか人の心の恃(たの)みがたさを
兵力も布陣も優り正義さへ標榜する軍一日持たず
小早川がなかなか動かないことに業を煮やした家康は松尾山に銃を撃ちかけ威嚇します。小早川秀秋はどちらにつくか迷っていたのでしょう。家康に内応することを約束していましたが、三成側からも秀頼成人までの関白の地位を提示されていました。司馬遼太郎の「関ヶ原」などでは、秀吉の未亡人である北政所が甥の小早川秀秋に家康に味方するようにという指示があったとされていますが、それは間違いです。進んで裏切りをしたとするなら、関ヶ原の戦いの後悩むこともなかったはずですし、そからわずか二年後に21歳という若さで死にもしなかったでしょう。それに彼の弟たちは大半が西軍の味方をしているのであり、彼だけが東軍に味方したのです。
昔、NHKの番組で、家康が松尾山に撃ちかけた銃の音がどれほどのものか再現していたことがありますが、関ヶ原では戦いの最中でしたから、山上にいる小早川にはそれほど大きな音ではなかったと推定していました。しかし、心理的に葛藤していた小早川にとっては、大きな作用を及ぼしたはずです。
小早川は裏切りを決断し、大谷隊に襲い掛かれと指示します。大谷吉継はこのことを予期した布陣をしていましたから、一万五千の小早川隊をよく防ぎ、一時は押し返しますが、西軍だった朽木、赤座、脇坂たちも裏切り、大谷隊は多勢に無勢で、総崩れとなりました。
三成も小早川の裏切りにはさぞや歯噛みをしたことでしょう。西軍総攻撃の合図の狼煙によって動かないことにも苛立っていましたが、小早川や朽木、脇坂たちが兵を自分たちの方に向けてくるに至って、敗戦を覚悟したに違いありません。人の心が頼りにならないことを目の当たりにしたでしょう。義は自分の方にあることを信じていたものの、人は利害によって動くものだということも分かっていなかったはずはなく、それだからこそ、小早川にも関白職を提示していたのですが、戦いの最中の裏切りには人間の醜さだけが見えたのかもしれません。天下分け目の戦いにしては、あまりに早い決着であり、誰もそうなることを見越していなかったのではないでしょうか。
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