映画探訪16  「ラット・ゲーム」 父親がネズミに変身

 テレビの深夜番組でやっていた日本未公開映画ですが、父親が突然小さなネズミに変わるという話で、ある朝起きたら突然毒虫に変身していたというカフカの小説「変身」を思わせるような内容であり、どう話が展開するのかと興味深く見てしまいました。家族に邪魔者扱いされるところは、「変身」と同様であり、娘は自分の婚約者にこのような父親の姿は見せられないと嘆きますし、息子は聖職者希望であり、自分の将来に父親の存在が障害にならないかと心配します。彼らは父親の身を案じることより、自分たちの身が大事なのです。人間がネズミになったことを知った記者が現れ、この変身をテーマにした本を書いてはどうかと勧め、妻も乗り気になります。
 しかし、ネズミの習性を示す父親に家族たちは我慢がならなくなって、ネズミを殺すことまで考えますが、結局、遠くに捨てに行きます。ネズミがいなくなって本を出版するのに不都合なら、ペットショップで代わりを買えばいいとまで言い出します。
 人間扱いされなくなるのは、毒虫に変身した主人公のザムザが親や兄弟に毛嫌いされるのと同じであり、背筋が寒くなるような話ですが、実際、こういう状況になれば、大概の家庭がそういう選択肢を選ぶかもしれません。
 しかし、捨てられたネズミは遠く離れた自分の家に戻ってきます。しかも、メスネズミを伴うというちゃっかりさです。なかなかユーモラスな展開であり、父親も隅に置けませんが、息子は神父に依頼することによって、悪魔祓いをしてもらおうと依頼します。ネズミになったのは悪魔の仕業だというわけです。
 その神父が悪魔祓いをすると、なんと父親の姿に戻ることが出来ました。冷蔵庫の中から裸の父親が現れるというのも滑稽な場面ですが、宗教の勝利を描いた作品かと思っていたら、そうではありませんでした。
 ネズミになったのは悪魔が取り憑いたためではなく、ネズミに噛まれたことが原因しているのだと分かり、別の人間もネズミになるというラストシーンが待っていて、笑いを誘われます。もっとも、父親が人間に戻った時の家族の対応は、それを喜ぶどころか、かえって、迷惑といった風情で、父親を部屋から出しません。ネズミになった人間の話を本を出版するのに、肝心の主人公が人間に戻ってしまっては都合が悪いからです。この場面からも、家族たちの俗悪さがうかがえますが、彼らも憎めない存在であり、あまり怒りは覚えません。
 「変身」や「山月記」のような悲劇ではなく、笑って楽しめるコメディタッチの映画です。父親を演じているのがピーター・ポスルスウェイトであり、炭坑夫のブラスバンドの活躍を描いた感動作「ブラス」の主役を演じた人ですが、映画の前と後ろに登場するだけで、映画の半分はネズミですから、その意味でもユニークな作品です。

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