漫画探訪26 「ブラックジャック」6 キリコの医者としてのプライド

 ブラックジャックがキリコの父の命を手術して助けようとした時にも、彼は作品「二人の黒い医者」や「されどいつわりの日々」の時と同じ空しさを味わうことになります。やっとの思いでキリコの父の気管の穴を発見して穴をふさぐことに成功しますが、その前にキリコは父を安楽死させるために、毒を注射してしまい、せっかくのブラックジャックの手術が無になってしまいます。さすがこれにはキリコ自身がショックを受け、助かったはずの父親の命を自らの手で断ってしまったことに良心の呵責を感じたに違いありません。
 別のところでブラックジャックはキリコを評して次のように言っています。「彼の見切りの早いのにはあきれる」と。父親に対しても見切りが早かったキリコなのです。最後まであきらないブラックジャックの姿勢との違いが鮮明です。 
 しかし、キリコも医者としてのプライドも持っています。「小うるさい自殺者」の中で、ブラックジャックが自殺願望の少年をキリコのところに連れてゆくところが出てきます。ブラックジャックがその少年をキリコに託そうとして「おまえさんにあずけるよ」「安楽死させてやんな」と言うのに対して、キリコは「ばかいえ。自殺の手伝いなどできるか。おれの仕事は神聖なんだ」と答えてブラックジャックを追い返してしまいます。ここにキリコの医者としての誇りがよくあらわれています。瀕死の患者の安楽死には手を差し伸べますが、健康な人間の死は助けないというわけです。医者としての務めは怠っていませんが。
 だが、その少年も頑固であり、キリコのところから帰ろうとせず、キリコも彼を引き受けざるをえなくなります。ベッドなんか要らないと言う少年に対して、キリコは「ここはいやしくも医院だぞ。病人でもない者を置くわけにはいかんのだ。だからおまえさんは病人として扱う」とはっきり答えます。医者としての立場をよく心得た言葉です。
 その後の場面で、安楽死の装置をキリコが少年に披露するところが出てきますが、キリコは「もちろん、私も医者だ。できるかぎりこれは使いたくない。だが、死より辛い苦しみが患者を襲ったとき、これで患者を楽にさせ死へ送ってあげる。その方が救いになるんだと」と述べています。キリコもキリコなりの信念を持っているのであって、そういう信念を持つようになったのは、前にも述べたように軍医時代の体験があったからです。

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