石田三成の実像202 「関ヶ原合戦祭り」5 出陣セレモニー・武者行列

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 写真は笹尾山での出陣セレモニーが開始される時の様子を撮ったものです。真ん中の小高いところに石田三成役で立って歌っているのが歌手の大林幸二です。その歌は全部歌うと全編11分に及ぶ歌謡曲「関ヶ原・男の決断」であり、三成の気持ちを思い入れたっぷりに歌い上げていました。手前の右に見えている旗指物は黒田長政のもので、左が細川忠興の九曜紋ですが、以前に触れたように石田三成の紋も九曜紋なのです。かすかに石田三成の「大一大万大吉」の旗指物、徳川家康の「葵」の旗差物も見えています。各隊が笹尾山ステージ(と言っても地面のうえですが)に向かい合う形で並んでいます。
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 写真は出陣セレモニーで鉄砲隊が鉄砲を一斉に放ったところを撮ったものです。鉄砲隊の演武は両日にわたって行われ、この日も11時から行われていたのですが、ちょうど陣場野のふるさとふれあいセンターであった講演会が終わった直後に始まりました。私たちが笹尾山に移動する最中に、鉄砲の音がさかんに聞こえていたのですが、到着した時にはすでに終わっていました。大坂城鉄砲隊、信州真田鉄砲隊、大垣鉄砲隊、関ヶ原鉄砲隊が参加したということです。写真の向かって右側の鉄砲隊は赤備えですから、真田鉄砲隊でしょう。この後、全軍武者行列のイベントが行われ、陣場野への移動が始まりました。
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 写真は武者行列の先頭を撮ったものです。まず先頭は島左近隊であり、その後に蒲生郷舎隊、そして石田三成隊と続きます。今回は負けた石田三成が主役ですから、石田三成隊の前衛部隊を務めた島左近隊と蒲生郷舎隊が先に立つのは当然かもしれません。もっとも、今回は西軍の宇喜多秀家隊や小西行長隊が見られないのは残念でしたが。島左近の旗指物には「鎮宅霊符神 鬼子母善神羅刹女 八幡大菩薩」と書かれていますが、この旗指物は関ヶ原町歴史民俗博物館が所蔵している「関ヶ原合戦図屏風」にも出てきます。その図屏風では、左近が黒田隊の鉄砲で銃撃され負傷し、二人の家来にかかえられて退却する様子が描かれています。なお、前にも述べたように、蒲生郷舎と一般に言われているのは別人であり、関ヶ原で戦って亡くなったのは蒲生頼郷です。ほんものの蒲生郷舎(という言い方も変ですが)は関ヶ原の戦いの後も生き残り、蒲生家に再び仕えています。

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