石田三成の実像214 「琵琶湖一周のろし駅伝」報告1 佐和山城ののろし

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 写真は昨日行われた「琵琶湖一周のろし駅伝」の一環として、佐和山城跡でのろしが上った時の様子を撮ったものです。琵琶湖の古城の山々をのろしでつなぐという壮大なイベントに一度参加してみたいと思いながら、今まで果たせませんでした。佐和山山頂に今まで何度も登りながらも、そこで行われるイベントに参加するのは初めてであり、単に登るだけとはまた違った趣きがありました。
 山頂には数十人の人の姿がありましたが、石田三成や島左近の旗指物が翻り、甲冑姿の人が3人いました。そのうちの1人は石田三成の格好をして、天衝乱髪の兜をかぶっていました。この写真では奥に隠れて天衝の部分しか見えませんが。1人は真田隊の赤備えの甲冑姿(幸村役?)でした。むろん、関ヶ原の戦いの際は、真田隊は信州上田城にいましたが、昌幸や幸村は西軍に属していたので、佐和山に現れても違和感は覚えません。
 佐和山は火気厳禁なので、ほんものののろしは上げられず、発煙筒でしたが、白煙がもくもくと勢いよく上がってそれが数分続きました。スタートの湖南市の三雲城がのろしを上げたのが午前10時であり、そこから琵琶湖を時計回りに廻り、佐和山で点火されたのは11時28分でした。最後は県を越えて松尾山までつながったというのですから、その規模の大きさが分かります。参加した山城は42に及ぶと聞きます。
 のろしが上がったことを祝って、この後、お茶と勝ち栗が参加者に振る舞われ、甲冑姿の人々を囲んでみんなで記念撮影をしました。「えいえいおう」の大合唱もしましたが、石田三成役の人がいるだけに、まるで関ヶ原の笹尾山にいるような気分になりました。しかし、かつて佐和城から大垣方面に向けて出陣する時も、石田隊は気勢を上げて勇ましく出かけたに違いありません。勝ち栗も同じように配られていたかもしれません。
 それにしても、こういうイベントを毎年企画(今年は7回目です)し、運営されている人々には頭が下がります。当日もいろいろなものを持って山を登らねばならず、準備に時間もかかったでしょう。私の方は10時半過ぎに山を登り始め、千貫井戸に立ち寄ったり、わずかに二個だけ残る貴重な石垣を見たりして、11時過ぎに山頂に到着しましたから、のんびりとしたものでした。

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