フランス文学探訪32 「ルパンのシリーズ」6 奇岩城2 怪盗が首相に会うという大風呂敷
この作品には作者である「私」が登場します。「私」の前で、ルパンと高校生名探偵とが対決します。「ルパン対ホームズ」という作品の中で、モンパルナス駅の喫茶店でルパンとホームズが対面する時にも、「私」が立ち合っています。「私」はルパンのよき理解者という設定になっていますし、それだからこそ、彼の数々の冒険を知ることが出来たというもっともらしい説明がなされています。ルパンのデビュー作である「アルセーヌ・ルパンの逮捕」では、ルパンが一人称で語るという方式が採られており、語り手を意識するという点で、作者のルブランは敏感だったようです。
ルブランはルパンシリーズにおいて、一人称、三人称を巧みに使い、視点の移動もうまく使ってトリックの演出もなされています。「813」がその最たるものです。前半は章ごとにルパンとルノルマンを交互に登場させて、当然、二人は別人だという固定観念を読者に植え付けています。読者を騙すテクニックですが、こういう視点の移動が効を奏しているのです。
「奇岩城」では高校生名探偵が活躍するあまり、ガニマール刑事やホームズの影はその分薄くなっています。ホームズは前にも言ったように、さんざんな描き方をされており、彼自身、ルパンの手によって簡単に誘拐されてしまいますし、挙げ句の果てはルパンの妻のレーモンドを殺してしまいます。このレーモンドは、強盗のルパンに発砲して瀕死の重傷を負わせたところから、ルパンに対する同情が湧き、愛情へと変化し、やがてルパンの妻となります。ルパンもレーモンドも一時は二人とも死亡したと思われましたが、それは偽装工作に過ぎせんでした。しかし、そのレーモンドが、最後は逆に発砲されて殺されてしまうのですから、皮肉な結果ですし、なんとも哀れな結末です。
「813」も悲劇的な結末であり、ルパン物でハッピエンドになっているのは、概してルパンが正義の味方となって、凶悪な相手をやっつけるというようなものが大半です。この種の作品は、ルパンがスーパーマンかジェームス・ボンドよろしく、八面六臂の活躍をしますから荒唐無稽な感は免れません。「奇岩城」ではそうではありませんが、「813」でも「虎の牙」という作品でも、ルパンとフランス首相との対面が設定されています。怪盗と首相の対面は現実離れがしていますが、「813」では更にドイツ皇帝との対面も用意されています。現実的にはありえない話ですが、ここまで大風呂敷を広げられてしまうと痛快でもあります。
ルブランはルパンシリーズにおいて、一人称、三人称を巧みに使い、視点の移動もうまく使ってトリックの演出もなされています。「813」がその最たるものです。前半は章ごとにルパンとルノルマンを交互に登場させて、当然、二人は別人だという固定観念を読者に植え付けています。読者を騙すテクニックですが、こういう視点の移動が効を奏しているのです。
「奇岩城」では高校生名探偵が活躍するあまり、ガニマール刑事やホームズの影はその分薄くなっています。ホームズは前にも言ったように、さんざんな描き方をされており、彼自身、ルパンの手によって簡単に誘拐されてしまいますし、挙げ句の果てはルパンの妻のレーモンドを殺してしまいます。このレーモンドは、強盗のルパンに発砲して瀕死の重傷を負わせたところから、ルパンに対する同情が湧き、愛情へと変化し、やがてルパンの妻となります。ルパンもレーモンドも一時は二人とも死亡したと思われましたが、それは偽装工作に過ぎせんでした。しかし、そのレーモンドが、最後は逆に発砲されて殺されてしまうのですから、皮肉な結果ですし、なんとも哀れな結末です。
「813」も悲劇的な結末であり、ルパン物でハッピエンドになっているのは、概してルパンが正義の味方となって、凶悪な相手をやっつけるというようなものが大半です。この種の作品は、ルパンがスーパーマンかジェームス・ボンドよろしく、八面六臂の活躍をしますから荒唐無稽な感は免れません。「奇岩城」ではそうではありませんが、「813」でも「虎の牙」という作品でも、ルパンとフランス首相との対面が設定されています。怪盗と首相の対面は現実離れがしていますが、「813」では更にドイツ皇帝との対面も用意されています。現実的にはありえない話ですが、ここまで大風呂敷を広げられてしまうと痛快でもあります。
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