古典文学探訪114 「長恨歌」5 かつて宮殿で2人だけで誓い合った言葉 

 仙女となっている楊貴妃の美しい顔は寂しげで、涙がとめどなく流れ落ち、梨の花の一枝が、春、雨にしっとりと濡れているようだったと詠まれています。楊貴妃の白く美しい顔に涙が流れる様子を、春雨に濡れる一枝の白い梨の花にたとえているわけです。楊貴妃は思いを込めて、じっと見つめて、玄宗皇帝への感謝の言葉を述べます。じっと見つめるのは直接的には方士に対してですが、皇帝への言葉を託すわけですから、間接的に皇帝を見ているということなのでしょう。
 方士に託した楊貴妃のお礼の言葉はこういうものです。「皇帝とひとたびお別れしてから(むろん、自分が死んで別れざるをえなかったということです)は、皇帝のお声もお姿もはるかに遠くになりました。かつて昭陽殿で受けていた恵み深い皇帝のご寵愛も絶え、ここ蓬莱宮(楊貴妃が住んでいるのが蓬莱山の宮殿だということが分かります)の中で長い月日が経ちました。振り返って下の人間世界を望めば、都の長安は見えず、塵や霧が見えるばかりです(楊貴妃がいるのが相当高いところだということが分かりますが、それまでの詩の中でも山は何もない広々とかすんだあたりにあると詠まれています)。思い出の品によって私の深い思いを表し、螺鈿細工の小箱と金のかんざしをあなたに持って行ってもらいましょう。かんざしは二本の足の部分を割いて片方を自分の方に残し、小箱は蓋の方を自分のもとに残しておきます。かんざしは黄金を引き裂き、箱は螺鈿の身と蓋を分けます(思い出の品を二つに分けて皇帝と楊貴妃それぞれが愛の証に持っておくわけです)。ただお互いの心を黄金や螺鈿の貝の堅さ(黄金や螺鈿と2人の堅い心とを結び付けているのも巧みな表現です)のように保たせておいたならば、天上世界か人間世界のどちらかできっと会えるでしょう。」
 さらに楊貴妃は方士との別れに際して、最後に心を込めて言葉を託しますが、その中には二人だけしか知らない誓いの言葉も含まれていました。その誓いとは、天上にあっては比翼の鳥となり、地上にあっては連理の枝になりたいというものであり、かつて七月七日に長生殿で、あたりに人けがないときにささやき交わした言葉でした。
 比翼の鳥、連理の枝になりたいというところは、この詩の中でも特に有名な一節ですが、比翼の鳥は想像上の鳥であり、目が一つ、羽が片方しかなく、雌雄そろって初めて飛ぶことができる不思議な鳥です。連理の枝は幹が二本で枝が一つになっている木であり、比翼の鳥や連理の枝のようにいつまでも愛し合う夫婦でいようという誓いです。
 七夕の夜に願い事をして誓い合ったというのもロマンを感じさせますが、一年に一度しか会えない七夕を持ち出していることで、玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋が逆に浮き彫りになっている気がします。
 天地は永遠に不変と云っても、いつかは尽きてしまうが、二人の愛情はいつまでも尽きることがないだろうというのが結びの言葉です。二人の愛は永遠というわけですが、愛情を「恨」と云っているところに、死によって引き裂かれてしまった悲しみが余計に出ています。どこかで会えるだろうと楊貴妃は言っていますが、その保証はありません。しかし、そう思わなければ救いがないわけであり、作者もまた悲恋物語を敢えてこういう言い方で結ぶことによって、楊貴妃に対する鎮魂歌としたのでしょう。 

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