古典文学探訪115 「大鏡・道隆の酒好き」1 飲み友達を自邸からしらふで帰さない道隆 

「大鏡」の「道隆の酒好き」を三年の授業で扱っています。「大鏡」はいわゆる「歴史を写す」鏡物と云われる歴史物語の最初の作品であり、大宅世継や夏山繁樹という二百才近い老人たちが昔こういうことがあったと歴史を語ってゆくという手法を取っています。この「大鏡」は専ら藤原道長の栄華を中心として描かれていますが、この教材の主役は道長の兄の道隆です。
 まず道隆の概略が語られます。藤原兼家のご長男であって、お母上は女院詮子をお生みになった同じ方であること、関白になって六年栄華を極められたが、悪性の疫病が流行した年にお亡くなりになったこと、しかし死亡原因はその病気ではなく、酒を飲み過ぎてしまわれたことによるものだと述べられています。こうして長男の道隆が亡くなり、その後を継いだ次男の道兼もすぐに亡くなったため、三男の道長が天下を取れたのです。
 酒好きは男の面白みの一つだけれども、度が過ぎるのは不都合な場合があります(ここで丁寧語が使われているのは聞き手に対する敬意です)よと語り手は言っていますが、道隆の死を惜しんでいるのかもしれませんし、聞いているみんなへの戒めとしてこう語っているとも考えられます。この教材では道隆に対して敬語が頻繁に使われていますし、二重敬語・最高敬語も何度も出てきます。
 賀茂祭りの翌日に行われる斎院一行の帰りの行列を見ようと、道隆は藤原済時や朝光と一緒に牛車に乗り、紫野にお出かけになりました。道隆は烏が止まっている形に作った瓶子を作らせて、自分もそれで酒を召し上がりますし、二人にもこれで酒を差し上げます。三人は車の中でさかんに酒を飲み、車の前後の簾をすべて上げて、頭のかぶり物を取ってもとどり(髪を頭の上に束ねたもの)をあらわにしてしまいます。もとどりをあらわにするのは当時不作法であって、今で言えば、サラリーマンが飲みに行ってネクタイを緩めてだらしなくするようなものですし、語り手も見苦しかったと感想を述べています。
 済時や朝光が道隆邸に参上なさった時、しらふのままで彼らを帰すのを、道隆は不本意で残念に思っておられたと語られており、酒を客に振舞うのを道隆は何よりのもてなしだと考えていたことが分かります。済時や朝光の意識がはっきりしないまま、お装束も取り乱し、牛車をそばに寄せては人にかつがれてお乗りになるのを、道隆は大変愉快なこととなさっていたと語られていますから、自分が酔っ払うだけでなく、人の酔う姿を見ることも楽しんでいたわけです。
 落語に「一人酒盛」という出し物があり、友人に酒の燗をさせるだけさせて、その友人には少しも振舞わず自分ひとりで飲んで楽しむ悪趣味な人物が登場しますが,道隆は違います。
 道隆はお酔いになるわりには、酔いから覚めることも早かったと語り手は述べ、賀茂祭の前日の参詣の日のことを語ってゆきます。

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