追悼・やしきたかじんさん かつて秋元康さんの詞にダメ出ししたが、優しい温かさがあった

  1月25日に放送された「たかじんのどこまで逝って委員会」(読売テレビ)の中で、たかじんさん自身が秋元康さんとの関わり合いを2013年3月24日の放送で語っている場面が流れていましたが、次のような内容でした。33年前、たかじんさんが東京のラジオに出演していた時の放送作家が秋元さんであり、ある時、秋元さんかたかじんさんに作詞家になりたいと相談してきたので、やったらいいとたかじんさんが答えたところ、今まで作った詞を見てほしいと秋元さんが言い、当時下北沢に住んでいたたかじんの家まで持って来ました。50篇ぐらいの作詞がありましたが、たかじんはそれを見て、それはポエムではなく文に近い、起承転結がない、もうちょっと勉強して来いと言いました。しかし、そういう歌がはやり出し、それから1年もしないうちに、秋元さんの作詞した曲がベストテンに2曲も入りました。あの時作詞したものを3枚ぐらいパクっといたらよかったとたかじんさんは冗談を飛ばし、スタジオの笑いを取っていました。またたかじんさんの最後の詩は秋元さんに書いてもらうことも、その時明かしていました、
 このビデオを見た秋元さんは、面白い、さすがだと言いながら、たかじんさんが話を面白くしていると述べていました。すなわち、秋元さんは詞を50篇も持って行っていないし、100万円ももらっていなかった(たかじんさんは秋元さんが放送作家として月に100万円稼いでいたと言っていました)と。確かにたかじんさんはぼろくそに言ったが、最後に「俺はそう思う」と付け加えていたと秋元さんは語っていました。つまり、「俺が間違っているかもしれない。正しいものはない。しかし、俺はそう思う」とたかじんさんは言っっていたと。たかじんが頭ごなしに、「お前はダメだ。才能がない」と言っていたら、自分は作詞家に向いていないかもしれないと思ったかもしれないと秋元さんは述べていました。またたかじんさんの最後の歌については、もっと時間をかけて、たかじんさんが歌いたいこと、歌いたいテーマ、自分がたかじんさんに歌ってほしいことをぶつけて、いい歌を作りたかったなあという思いがすごくある、たかじんさんがダメ出しをしないまま逝ってしまってずるいじゃないか、自分の中では人生をかけて決着をつけたいと思っていると言っていました。
 同じ1月25日に放送された「たかじんNOマネーGOLD緊急!追悼生放送『やしきたかじん最後の提言 大阪どうすんねんSP』」(テレビ大阪)でも秋元康さんは次のように語っていました。「(かつて)詞を持ってこいっていうので、持って行きましたね。ほとんどアカンていうことでしたねぇ。でも、それは温かいダメ出しで、俺の個人的な意見だけれどもと言うのを忘れない優しさがありましたね。復帰コンサートみたいなものをイベントとしてやると伺ってたので、新たな曲を作ってたかじんさんこれ歌ってくださいっていう話をしてたんですけどもね。もう本当に究極のバラードみたいなものを作ろうと思っていましたね。それが残念ですねぇ。歌いたかったでしょうけれども。本当にお疲れ様でしたと言いたいですねぇ。」と。

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