追悼・やしきたかじんさん 「その時の空」・「大阪恋物語」

 1月8日に放送された「ミヤネ屋」(読売テレビ)の中で、秋元康さんが作詞し小室哲哉さんが作曲した歌「その時の空」が2010年に出され、それがたかじんさんの最後のシングルになったことを紹介していましたし、その歌も番組で流れていました。「その時の空」が「大阪が人を明るくするまちにしたい」OSAKAあかるクラブのテーマ曲であること、同じ秋元康さん作詞、小室哲哉さん作曲で第2弾の歌が作られ、後はやしきたかじんさんの歌入れだけだったことにも触れられていました。昨日の拙ブログ記事で記したように、秋元さんはそれが残念だったと語っていましたが、その思いはみんなも同じではないでしょうか。
 「その時の空」の歌詞を見ると、小さいことや悲しみなどにはとらわれず、広大な青い空を見て、元気を出せという内容になっています。小さな人間と雄大な自然とが対比されていますが、歌詞には大阪という言葉は出て来ません。もっとも、歌詞の中に大阪弁が交じっており、大阪の歌であることを自然に感じさせるようになっています。
 同じ1月8日に放送された、毎日放送ラジオの番組「やしきたかじんさん追悼特別番組」で、桂坊枝さんは好きな曲として「大阪恋物語」を挙げ、その歌を番組で流してしていました。男を応援して付いてきた女が我慢に我慢を重ねながら、もう限界、もうあかんという気持ちを歌っており、たかじんさんがこの歌を歌うと、歌詞がくぐっと来ると坊枝さんは解説していました。
 「たかじんNOマネーGOLD緊急!追悼生放送『やしきたかじん最後の提言 大阪どうすんねんSP』」(テレビ大阪)の最後でも、たかじんさんがこの「大阪恋物語」を熱唱する映像が流れていました。この後すぐに感想を求められた天童よしみさんは涙を流しながら「ちょっと言葉に出せないんですけども。たかじんさんのすごいところが、歌を通じてもびんびん響いてくるので。本当に残念でたまらないです」と言っていました。
 たかじんさんは思いのたけを込めて切ない女心を歌っていました。「大阪恋物語」の歌詞を見ると、男の夢を実現させるため、女は男を愛しながらも身を引いて別れるという内容になっています。女の方から別れを切り出していますし、待ちきれないとも言っており、このあたりが、坊枝さんの言う「女が我慢に我慢を重ねながら、もう限界、もうあかんという気持ち」ということになります。
 この歌の場合も、大阪弁の歌詞が効果的ですが、「なめとんか」のように過激な台詞はありません。また「なめとんか」の場合は男が半ば遊びで女と付き合ってきたという内容になっており、その点でも違いがありますが、女が男に対してもう待てないという気持ちを歌っている点においては、共通性があります。男が夢を持っており、女はそれをかなえてやるべく別れるという点では、「あんた」と同じです。
 

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