追悼・やしきたかじんさん 「追悼!やしきたかじんを全部しゃべり倒したらぁ SP」 歌手誕生秘話

 関西ではやしきたかじんさんの追悼番組がなお続いています。先週の月曜から金曜までは関西テレビで「たかじん胸いっぱい」の再放送が流されていましたし、土曜日にはやはり関西テレビで「追悼!やしきたかじんを全部しゃべり倒したらぁ SP」という2時間の特番が放送されていました。
 この特番は、21名のゲストをスタジオに呼び、たかじんさんにまつわるいろいろな話をしていましたし、貴重な映像も放送されていました。たかじんさんを発掘したのは当時キングレコードの宣伝マンだった竹中健三さんであり、その人の話も心に残りました。
 祇園で「流し」をしている歌のうまい男がいると聞いていきなり店まで見に行ったところ、たかじんさんの歌がめちゃくちゃうまかったこと、歌を聴かない客に対して生卵を投げつける場面を目撃したが、その行為は悪いことながら「なんで俺の歌をわかってくれへんのや」という口惜しさ、「わかってほしい」という純粋な、ストレートな心情が伝わってきたこと、歌のレコードを出さないかを持ちかけたところ、LPをいきなり出してくれるのなら出してもいいとたかじんさんが答えたので、LP「TAKAJIN」と併せてシングル盤「ゆめいらんかね」を同時に出したこと、竹中さん自身はこの「ゆめいらんかね」がいつも頭の中でぐるぐる廻っており、たかじんさんの生き様を叫んでいる、「聴いてくれ」という歌であり、この歌の通りたかじんさんは夢を持っている夢売り男であること、しかしたかじんさんはそれから2年間いくら曲を出しても売れなかったため、周囲にこれ以上迷惑をかけられないと言い、歌手を辞めて祇園で飲み屋をする気になっていたこと、最後に大阪フェスティバルホールの舞台に立ちたいと言うので、大阪大衆音楽祭に応募することを勧めたところ、たかじんさんは10分近い「ながばなし」という曲を作り、応募したところ、テープ審査を通り、10人だけ残った本戦で、フェスティバルホールの舞台の上で歌えたのみならず、見事グランプリを獲得したこと。
 その場面を竹中さん自身が個人的に撮影しており、その貴重な映像がその番組で初めて流されていました。帽子をかぶりサングラスをかけて座ったまま俯きがちに歌い出す姿、感情を込めて丁寧に歌う姿、グランプリを獲得したと発表された(司会は43歳の浜村淳さんでした)時の信じられないように首をかしげるたかじんさんの姿、表彰状を受け取る時も帽子をかぶったままであり、その後に初めて帽子を取ったところなど。
 この時の審査委員長がキダ・タローさんであり、スタジオに来てその時のことを語っていました。たかじんさんにグランプリを与えることに委員の中で反対が少なくなく、それはサングラスをかけて舞台をうろうろ歩き廻る姿が不愉快だと感じたからだということ。その時、キダ・タローさんが委員長として、歌は見た目ではなく、歌唱力で判断すべきものだと一席ぶったこと。むろん、キダ・タローさんは、たかじんさんが歌手を辞めるつもりであることなど全く知りませんでした。これがたかじんさん(当寺、28歳)にとって大きな転機になったわけですが、感動的な話であり、見るべき人はきちんと見ているという思いも持ちました。

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