五輪で聴くフランス語・かつてはよく見ていたフランス映画・五輪報道の過熱ぶり

 五輪の時はフランス語でもアナウンスされるので、それを聴くのが楽しみの一つです。私が学生の頃はフランス文学がさかんであり、フランス映画もたくさん入ってきていましたから、フランス語やフランス文化がもっと身近なものとしてありました。男優ではアラン・ドロンとジャン・ポール・ベルモンドが双璧でしたが、私はアラン・ドロンのファンで、当時彼が出演する映画はかなりの数を見ていました。暗黒街を舞台にした作品が好きで、チャールズ・ブロンソンと共演した「さらば友よ」は私の好きな映画ベスト・テンに入ります。女優ではカトリーヌ・ドヌーブが人気があった時代です。
 しかし、今では身近なところでフランス語に触れる機会があまりなくなり、淋しい思いをしています。今や外国語と云えば圧倒的に英語ですが、五輪の時だけはフランス語が英語と共に流れ、存在感をかろうじて保っています。日本のことはフランス語で「ジャポン」と言いますが、日本人がメダルを獲得して表彰台に立つ時には、この「ジャポン」という言葉が発せられて、私はとりわけ心が躍ります。
 かつてロシアの宮廷では、フランス語がさかんに話されており、トルストイの「戦争と平和」でも、フランス語がよく出て来ます。私が大学の卒業論文で、アンドレ・ジイドの作品「法王庁の抜け穴」「贋金使い」を選んで論じた(もっとも、その内容について論じたのではなく、方法論でしたが)のは、ジイドがロシアの作家ドストエフスキーのすごさをフランスで初めて紹介したからです。
 五輪が開かれているソチがどういうところかよく分からなかったのですが、毎日放送の河田アナウンサーが「カワスポ」の番組で出演し、現地ルポを行っているのを見ると、山が取り巻く街の中に川が流れており、その周囲に洋風の建物が建っていて、雰囲気が一昨年訪れたスイスのツェルマットの街に似ている気がしました。
 五輪を見るために夜更かしをしている人も多いと思われますが、私もその一人です。日本人選手がメダルを取った時には、それまでの苦労を思って自然と涙が浮かんできます。
 しかし、日本の最近の五輪報道の仕方は選手を煽り立て、プレッシャーを与えているような印象を受けます。それは今に始まったことではありませんが、その程度がどんどん過熱してきているのではないでしょうか。たとえば、テレビの番組欄にまだ競技も始まっていないのに、「○○、金メダルへ」(○○は選手名)というふうに書かれています。それはむろん、その選手に対しての期待感の表れでしょうし、その選手のそれまでの実績を考慮してのことだと思われますが、選手にとってもそう書かれのは嬉しいことでしょうか。そう書かれた選手は国を背負っているということをひしひしと感じて、負担に思うはずです。過熱報道は自粛してほしいものです。
 

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