自作短歌の周辺18 やしきたかじんさん追悼の歌・「たかじんさんを偲ぶ会」・番組に受け継がれている精神

 毒舌を吐くも本音の発言に胸すく思ひする人多し

 やしきたかじんさんを追悼して詠んだ短歌です。
 3日に「やしきたかじんさんを偲ぶ会」が開かれました。その時の映像が一部、よみうりテレビの番組「関西情報ネット」で放送されていました。秋元康さんの別れの言葉で印象に残ったのは、「たかじんさんが歌うときに両足で踏ん張るようにしている、あれは歌と対峙し、対決しているんだと思います。きっと歌をこんなにも愛し、真剣に闘い続けた男はもう二度と出てこないんじゃないかと思います」というところでした。
 また安倍首相からのビデオメッセージも紹介されていましたが、首相を一度辞めた後、一緒に温泉に入って励まされたことについて、「たかじんさんから『とにかくもう一回頑張れ』こう言ってくれたこと、これはどんなに私にとって勇気づけられたか。本当にこのたかじんさんの期待にこれからしっかり応えていきたいと思います」などと語られており、わが国の首相にまでわざわざメッセージを届けさせる、たかじんさんの人脈の厚さ、すごさを改めて知らされる思いでした。
 またたかじんさんが昨年の秋に奥さんのために歌った歌(最後の録音)が披露されていました。「順子」という歌の「順子」を奥さんの名前に替えて歌われたものであり、思いがよくこもっていました。またたかじんが奥さんに書いた手紙も披露されていましたが、感謝の言葉が綴られていました。奥さんへの気遣いがよくうかがえ、あまりにも早すぎるたかじんさんの死は惜しんでも惜しみ切れないことながら、最愛の奥さんに看取られて亡くなったのは、せめてもの救いだったのではないかと思いました。
 数々の追悼番組で複数の人が、たかじんさんが亡くなって、本音を語る者が誰もいなくなってしまうのではないかと危惧するコメントを述べていました。自作短歌はそういうたかじんさんの本音のトークに、胸がすっとする者が多かったということを詠んだものですが、たかじんさんは大阪にいたればこそ、そういう歯に衣を着せぬ言い方ができたのであり、またそれを温かく受け入れる土壌が大阪にはあったのと云えるのではないでしょうか。東京ではいろいろな規制があって、たかじんさんの冠番組のような番組は作れなかったように思います(かつては東京発で「たかじんNOばぁー」などの番組はありましたが)。その番組の精神は、死後も受け継がれており、今日のよみうりテレビの番組「たかじんのそこまで言って委員会」では、作家の百田尚樹氏、産経新聞論説委員の佐々木類氏、演出家の杉田成道氏などをゲストに招いて、委員会メンバーとの間で言いたいことを互いに言い合って、熱い議論を戦わしていました。中には、放送コードに引っかかる言葉も飛び出したらしく、言葉が何度も消されていました。前にも書いたように、喧嘩腰になるのは感心しませんが、考えようによっては、これもたかじんさんの精神の表われかもしれません。先々週の「たかじんNOマネー」では、赤旗の編集長や共産党の副委員長を招いて、これまた白熱の議論が展開されていました。 
  

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