大阪探訪55  音楽探訪23 「月の法善寺横町」・「歌碑ものがたり」で紹介された歌にまつわる話

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 写真は法善寺横丁の「夫婦善哉」の店内に飾っ てあった「月の法善寺横町」のレコードとジャケットを昨年11月に撮ったものです。子供の頃にさかんに聴いた曲であり、懐かしさに駆られて写真に撮りました。もっとも、歌に詠まれている法善寺横丁(歌詞では横町)に実際足を運んだのは、大人になってからでした。
歌詞を見ると、若い板前の「わて」が、愛する「こいさん」と別れて、板場の修業に大阪をしばし離れなければならないが、「こいさん」に帰って来るまで自分のことを待っててほしいという、恋と仕事のはざまで揺れる心情を詠んだものです。「親方はん」(「こいさん」は「親方はん」の娘だと思われます)も2人の仲を認めてくれていることも歌詞に述べられています。
 間奏の大阪弁の台詞もよく効いていますが、この若い板前が奉公している店が「藤じ吉」という名前であること、奉公した初めての晩に「藤よ吉」の店の「こいさん」が、水掛不動まで連れて行ってくれたこと、自分のために立派な板前になるように長い間祈ってくれた「こいさん」がその時から好きになったことなどがわかります。
 この板前は地方の出身なのでしょうか。恐らく法善寺には一度も足を運んだことはなかったものと思われます。「こいさん」の方が積極的な感じがしますし、ひょっとして年上ではなかったかという気もしますが、実際に当時はそういうことはあまりなかった時代かもしれません。
 子供の頃は「包丁をさらしに巻いて」というところがよく分かりませんでした。「さらし」というものが、子供の自分にはあまり一般的でなかったせいかもしれませんが。
 先々週の金曜日の毎日放送のテレビ番組「ちちんぷいぷい」の「歌碑ものがたり」で、この曲が取り上げられていました。 まず福島暢啓アナウンサーは「こいさん」という言葉の説明から始めていました。すなわち、「こいさん」は店の末娘の意味であり、恐らく「こいとさん」から来ていると。福島アナウンサーは、法善寺横丁のさまざまな店や人々を訪ね歩いていました。
 法善寺横丁は幅3m、長さ80mの石畳の路地に約60軒の店が並ぶこと。この歌は全国の横丁のテーマソングになっており、当時は法善寺の境内にたくさんの芝居小屋があり、ここは芸能の発祥地になっていると思っているとの法善寺の住職の言葉。昔の板前は旅に出て師匠を変えていろいろな人の料理をできるだけ多く覚えて来るのが修行だったという割烹料理屋の元主人の言葉。この歌を聴いて東京から大阪にやってきて、その縁で住み着いたというふぐ料理の主人の言葉。
 横丁の東側看板は3代目桂春団治さんの直筆、西側は藤山寛美さんの直筆になっていること。過去に2回の火災があったものの、地元の人々とお客さんの協力で元の姿を取り戻したこと。横丁の中に建つ歌碑は16年前に地元の人々と藤島恒夫さんの母校のOBの協力で建立されたこと。歌碑の前で歌っている人をよく見かけるという歌碑の前にある寿司屋の女将さんの言葉。歌がはやってから法善寺に来る人が増えたという老舗の店の主人の言葉、大阪以外の人が来ると店で必ずこの歌を歌うという呑み屋の女将の言葉。
 そういう内容の番組を見て、今なおこの歌が生き続けている横丁だという思いを強く持ちましたし、それぞれの人々のこの歌にまつわる話も印象的でした。
 

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