阪神・淡路大震災から20年 転落を免れたバスの運転手 当時の1月20日の日記 被災地に出かけた浪人生

 17日に放送された読売テレビの番組「阪神淡路大震災20年 キミに伝えたい」の中で、壊れかけた高速道路の端に引っかかってかろうじて転落を免れたバスの運転手だった福本さんが出演していました。福本さんが今どうしているかは、去年の関西テレビの「よーいドン」で月亭八光さんが龍谷大学平安高校を訪ね、硬式野球部の部員をグラウンドまで送迎するバスの運転手をしている人が福本さんであることを初めて知りました。平安高校がセンバツで全国優勝を遂げた後の番組であり、ここにもドラマがあると感じました。
 バスの運転席に吊るしていたお守りが「落ちないお守り」として人気を博していることも番組では紹介されていました。あの時、ぎりぎりで助かったのは、給油にいつも以上の時間がかかって、倒壊した高速道路の中に入らずに済んだこと、乗客が3人しかいなかったことで急ブレーキが効いたことなどの偶然が重なったことなども番組では触れられていましたが、人の生死の境は本当にぎりぎりのところにあるのだと知らされました。
 さて、20年前の阪神・淡路大地震に関する自分の日記の記述を紹介していますが、1月20日は次のように記しています。
「1、2限の授業のマクラに、佐川、上沼の話及び関西の人情はすたれていないことなどを話す。3限、S本人(自分が担任していた国際教養科の女子の卒業生)及びOさん(英語科教員)と3人で、アメリカ大学受験に必要な書類の打ち合わせ。(中略)Oさんと自分とで推薦文を作成する手はずを整えた。むろん、提出するのは英語だから、自分の文章もOさんに英語に直してもらわねばならない。
 夜、再びSから電話があり、12月に受けたトーフルの結果が届いたが、488点でまだ足りないことを告げてきた。今度の地震の救援でボランティアとして参加したいが、問い合わせ先に電話しても一向につながらないため、明日直接現地に行くという。彼女の気持ちが積極的になっているので、すぐにボランティア活動できるのは無理かもしれないが、現地の状況を自分の目で見てくるだけでも意義があると答えた。こういう彼女の純粋な思いは大切にしたいし、感心させられもした。(後略)」
 日記に出てくるSはその時、一浪中であり、アメリカの大学入学を目指していました。しかし、自分の進路も大事だとわかっていながらも、目の前で起こった大地震による被災地の悲惨な状況を見るに忍びず、実際にこの後すぐに被災地まで出かけました。後で彼女が報告してくれたのですが、被災地に行って、迷っている犬の世話を何日かしたそうです。彼女の行動力には感服しましたが、彼女のように若者をはじめとする善意ある人々が全国からたくさん被災地に集まりました。そういうところからこの年はボランティア元年と呼ばれるようになりました。


 

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