追悼・終戦から70 年 映画探訪30 「日本のいちばん長い日」 高1の時に初めて知った直前の反乱

 終戦から70年。私は戦後生まれですから、太平洋戦争のことは直接知りませんが、子供の頃から両親に戦争の話をたびたび聞かされましたし、家の近くの四天王寺には傷痍軍人さんの姿をよく見かけましたし、太平洋戦争関連番組も当時の映像を交えてよく放送されていました。父親は兵として中国戦線に送られましたし、母親は岐阜で空襲に遭い、長良川に飛び込んだという話や、戦争中は食べるものがなく、芋類ばかり食べていたので、それ以来芋が嫌いになったという話などをよくしてました。
 こういうことがもとになって、「団塊の世代の叫び」という連作短歌を詠んだときに、その中にこういう一首も入れました。
 
 「親に苦労話さんざん聞かされて戦争の疑似体験もした」

 私は団塊の世代より若干年齢的には下ですが、親から戦争の話をいろいろ聴いたという点では共通しています。むろん、戦争を経験したことと聴いたことでは決定的な違いがありますが、今の子は戦争の話を聴いたという体験すらなくなっているのではないでしょうか。
 今、映画「日本のいちばん長い日」のリメイク版が公開されており、これはまだ見ていませんが、1967年に公開された映画は、当時映画館で見て、終戦の日の前日から当日にかけてあった反乱事件のことを初めて知りました。その時は高校一年生でしたが、どういうふうに戦争が推移したかについての知識はある程度ありましたが、玉音放送がラジオから流されるまで波乱があったことは全く知りませんでした。
 その時は母と見に行きましたが、加山雄三さんが出演していたので、若大将シリーズ以来のファンである私としては、是非見たい映画でした。白黒映画でしたが、緊迫感のある、リアリティに満ちたその内容に引き込まれ、時間の経つのも忘れて食い入るように見入った記憶があります。
 加山さんはNHKの放送員の役でしたが、反乱軍の少佐に銃を突きつけられる場面は鮮明に覚えています。少佐は黒沢年男さんが演じていました。
 反乱軍に玉音放送の録音盤が奪われて、放送が阻止され、あのまま戦争が継続されていたらと思うと、犠牲者の数は際限なく増えていったと思うと戦慄が走すし、無事に終戦が迎えられてよかったという思いを持ちます。
 しかし、今や安保法案が成立しそうな状況になっており、戦後70年にわたって築いてきたものが、もろくも崩れそうになっています。戦争法案ではないと与党は言っていますが、日本が集団的自衛権を行使すれば、否応なく戦争という事態になってしまいかねない危険性があり、時代が逆戻りしたような感を覚えます。  

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