自作短歌の周辺32  マッチ箱日記の主を50年ぶりに「よーいどん」で探し出したことを詠んだ歌

 店のマッチ三百個の裏にメモ綴りし人見つけ出づ五十年を経て
 
 この歌は関西テレビの番組「よーいドン」の「となりの人間国宝さん」のコーナーで、取り上げられたことを題材にして詠んだものです。
 ことの発端は「よーいドン」のロケ中に、円広志さんがぶらりと訪ねた大阪のカマタ商店にあった、50年以上前の大量のマッチ箱の内箱に克明なメモが綴られていたことを見つけたことです。そのマッチには訪れた京都などの飲食店の料理の感想などが記されており、誰が書いたのかはわかりませんでした。ただメモ書きから、京大出身の医者であること、アメリカに渡ったこと、奥さんの名前は洋子さんなどであることなどはわかっています。このマッチ箱については朝日新聞の記事にもなり、併せてこのマッチ箱の持ち主についての情報提供も求めていました。
 その主は容易にわかりませんでしたが、円さんが後日、また「よーいドン」のロケ中に、たまたま京都で、マッチ箱の持ち主についての手かがりを求めて探しまわっているカマタ商店の奥さんに出会ったことから事態が動き、二人でマッチ箱に書かれているゆかりの店を訪ね歩き,マッチ箱の主探しが始まりました。
 なにしろ50年余りも前のことですから、店を訪ねても当時のことを知っている者はなく、主探しは難航を極めました。ちなみにマッチ箱の店の中には、今も営業しており私も行ったことがある「いずもや」「菊水」などの店も混じっていました。
 ところが、奥さんの息子さんから携帯電話で、この人がそうではないかという情報が入っていたことを知らせてきたため、一気に事態が動きました。その人の名前をインターーネットで検索すると、京都の病院で働いていたことがわかりました。二人はその家を訪ねましたが、本人はマッチ箱にメモを書いていたことは覚えていなかったものの、奥さんが覚えておられ、確かに本人であることがわかりました。その人はすごい経歴の持ち主であり、冒険家の植村直美さんがエベレストに初登頂した時、医者として同行もしています。
 ところで、上の歌は歌会の時に次のような詠草として出しました。
 
 マッチ箱三百個の裏に日記書きし人見つけ出づ五十年を経て

 この番組を見た人もいましたが、知らない人もいて、人々のいろいろな意見を聞いて、「店のマッチ」や「メモ綴りし」に書き換えた方がわかりやすいのではないかと思って上のように書き換えました。

 

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