京都探訪282 日本文学探訪122 平八茶屋と漱石2 明治40年の日記 拙文「漱石と白百合」2

画像
 写真は平八茶屋の入口を昨年4月に撮ったものです。古式ゆかしき風情のある入口です。
 夏目漱石の小説「虞美人草」では、最初男二人が比叡山に登ろうとして、その険しさに「今日は山端の平八茶屋で一日遊んだほうがよかった」と言う場面があります。
 角川書店版「夏目漱石全集4 虞美人草」に明治40年の「日記」の一部が掲載されていますが、「4月9日(火)」の項に「叡山幟。高野より登る。(中略)平八茶屋。高野村へ行く途中山端にあり」とあり、「4月10日」の項に、「平八茶茶屋(雨を衝いて虚子と車をかる。渓流、山、鯉の羹【あつもの】、鰻)」と記されています。
 朝日新聞に夏目漱石の小説「こころ」が再連載されたのを皮切りに、「三四郎」「それから」「門」が連載されましたし、今は「夢十夜」が掲載されています。それらの作品は毎日目を通し、新聞から切り抜いて専用ノートに貼り付けています。今まで何度漱石の作品を読んだかわかりませんが、新聞に連載当時の感覚で読むのは、また違った味わいがあります。
 書棚には、角川書店版の「夏目漱石全集」全16巻が今でも並んでいます。文庫版もいろいろと持っていましたが、書棚が手狭になり、また色褪せて古くなったために処分しました。
 さて、昭和50年12月に、同人雑誌に掲載した「白百合と題して」の第2章の「漱石と白百合」の続きです。

 「ところで、漱石の作品を一通り読んだのは2年前のことである。むろん、主だったものは別々の機会に読んでいたのだが、読んだものも未読のものも含めて一度通して読みたいと思ったのである。その折初めて『明暗』を読んだ。我執と我執のからみあいといったいやな予備知識があったために避けていたのだが、いざ読み始めてみると、たちまちそのとりことなり、一気に読み通してしまった。読み終わったのは明け方近く、異常な興奮にとらえられて容易に眠れない。小説の鍵を握っている謎の女性清子が登場してきたところで話が途切れてしまうのだから、読者としてこんな心残りなことはない。解説などに清子が漱石の『則天去私』を具現化した聖女であるという観点から、その続きを考察していたので、それに満足するしか仕方がなかった。
 しかし、江藤淳の『夏目漱石』を読むに及んで、全く認識を新たにさせられた。彼は従来の定説を真向から否定して、『則天去私』は神話に過ぎないと述べる。清子も同じく我執にとらわれた女であり、津田が彼女によって救われるという則天去私的解決はありえないと論じている。
 さらに江藤淳は、『漱石とその時代』において漱石と嫂(あによめ)登世との不倫な関係を推定している。漱石の英詩にまで切りこんだ彼の鋭敏さには舌を巻く他はない」

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック