美術探訪2 「海北友松」展1・講演会「海北友松の絵画を解析する」2 菊慈童図・柏に猿図

 昨日、国立京都博物館で開催中の「海北友松」展を見に行ってきました。かなりの混雑ぶりで入館するまで20分程待ちましたが、作品や関連史料を時代別、テーマ別に展示することによって、友松の人生や作風の変遷などがわかるように配慮されていました。
 先週の土曜日、嵯峨美術大学での講演会「海北友松の絵画を解析する」が行われ、美術史的見地から佐々木正子嵯峨美大教授が、動物学的見地から坂本英房京都市動物園副園長が、友松の絵画を解析するというもので、絵画をスクリーンに写しながら解説されていましたが、「海北友松」展で、その講演内容を思い出しながら実際の絵を見ることで、余計絵に対する理解が深まりました。
 第一章「絵師、友松のはじまりー狩野派に学ぶー」では、友松初期作品が並んでいましたが、講演会で触れられていた中では、「菊慈童図屏風」「山水図屏風」「柏に猿図」が展示されていました。
 「山水図」については拙ブログで前述しましたが、物見台(草堂)をはじめとして画面のどこにも人が描かれていない点に関して、展覧会の図録には、次のような指摘がされています。
 「あるいは注文主と友松にしかわからない、何かの中国故事ー想像するに右隻は竹林七賢、左隻は虎渓三笑だろうかーがそこに読み込まれているのかもしれない。もしそうなら、それは留守模様を思わせる優雅な知的遊技であって、風流を愛でるインテリ絵師の交流の在り方が偲ばれよう」と。
 講演会では、この絵の色遣いがよくわかりませんでしたが、画面の背景の色も黄色が目立ち、金屏風の色がそれほど引き立ってはいませんでした。
 「菊慈童図屏風」では、菊慈童の赤い衣と、そばに咲いている菊の赤い色が目立っていました。菊慈童という人物については、講演会でも説明されていました。彼は王の寵愛を受けましたが、臣下の讒言によって流刑になりました。菊慈童は王から贈られた経文を菊の葉に写経し続けたところ、葉の露が渓流に落ち、その水を飲んだ彼は不老不死になったと云いますが、このことは図録にも記されています。菊慈童のうつろな目や表情も印象的でした。
 「柏に猿図」は、アメリカのサンフランシスコ・アジア美術館が所蔵しているもので、講演会では、猿が落ちないところから、子孫繁栄を表したと説明されていました。絵には合わせて四匹の猿が描かれていますが(三匹は黒、一匹が白)、坂本氏はこの絵に描かれているのは確かに手長猿であり、中国南部に生息していて、白いものも黒いものもいて、特に白猿が神聖視されているわけではないと解説されていました。この白猿は母親であり、黒い子猿の腕をつかんでぶら下がっており、父猿ともう一匹の遊んでいる子猿と共に、微笑ましい家族の光景が描かれていると図録に記されています。確かに心が癒されるような絵です。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック