美術探訪1 講演会「海北友松の絵画を解析する」1 無限定空間表現・幽遠法

5月6日、嵯峨美術大学での講演会「海北友松の絵画を解析する」を聴きに行ってきました。地下鉄で太秦天神川駅へ出、嵐電に乗り換え、車折神社駅から歩きました。歩いて10分足らずでした。
 講演会はユニークなもので、美術史的見地から佐々木正子嵯峨美大教授が、動物学的見地から坂本英房京都市動物園副園長が、友松の絵画を解析するもので、新たな知見がいろいろと得られ、大いに勉強になりました。
 友松は石田三成と関わりが深い絵師です。三成が筑前の直轄領の代官として九州に行った時に友松も同行していますし、同じ近江坂田郡の出身です。友松はもともと浅井氏に仕える武士の家の出身であり、三成の妻の家である宇多家と海北家とは親戚関係にあるとも云われています。すなわち、海北家は近江・宇多源氏の支流であると、友松の子である友竹の画像賛に記されています(白川亨氏の『石田三成の生涯』【新人物往来社】)。
 今回の講演会では、友松と三成の関係については触れられていませんでした。友松が武士の出であり、幼くして東福寺に喝食(小僧)として入ったこと、狩野派に絵を学び、宋・元の絵から影響を受け、画風を変化させていったこと、狩野永徳・長谷川等伯とほぼ同時代人であったこと(友松は1533年に生まれ、1615年に亡くなりました)と佐々木氏がまず概説されていました。
 狩野派については、「漢画法」の絵師であり、中国のものだけを描き、それまで僧侶が担当していた「御用絵師」の地位を得たこと、狩野正信・元信・松栄の三代は足利将軍家に仕え、永徳は足利将軍家・各地の大名・織田家に仕えたこと、永徳は今でいう過労死だったと説明されていました。
 等伯や友松の画法として、「無限定空間表現」や「幽遠法」という言葉で解説されていました。等伯の「松林図」では、霧にけぶる、ぼんやりした松林が描かれていますが、この例のように「一点透視図法のような合理的な距離感の表現に対し、霧に煙るなどばくぜんとした広がりを感じさせる東洋的な空間表現であり、まわりの空間表現がどのようなものであるのか規定しない」のが、「幽遠法」であり「無限定空間表現」であると。
 佐々木氏は友松が描いた絵をスクリーンに映しながら、具体的な作品をもとに解説されていました。「山水図屏風」でもそういう描き方がされ、左隻には橋だけが描かれて、その下の川の流れを想像させるようになっていること、右隻には物見台のようなものがあり、中に金屏風を描くことによって、高貴な人の存在を想像させるようにしている。「月下渓流図」も「無限定空間表現」の画法で描かれ、見ているものが渓流の様子を想像するにようにしていると説明されていました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック