関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 三成の実像2333「シリーズ石田三成」23谷徹也氏「総論」23光成準治氏「日用停止令と豊臣政権」2

<<   作成日時 : 2018/07/16 12:12   >>

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 谷徹也氏編の「シリーズ・織豊大名の研究7 石田三成」(戎光祥出版)の、谷氏の「総論 石田三成論」のうち、  「豊臣政権における石田三成」の中で、奉行制の発展過程について論じられていますが、その続きです。
 日用取の停止を命令した増田長盛・長束正家・石田三成・前田玄以連署状について、光成準治氏の「日用停止令と豊臣政権」(山本博文氏ら編『豊臣政権の正体』)の中で、2月15日付の堀尾吉晴宛の増田長盛・長束正家・石田三成・前田玄以連署状である「日用停止令」の原文の写真、釈文、現代語訳が記されています。現代語訳は次のようなものです。
 「秀吉様の御意として厳しく伝えます。
 一、日用を召し抱えることについて、去年から堅く禁止されていたところ、諸国の百姓などが田畠を放棄して、上方へ来たので、処罰され、各地で磔にされました。そこで今後、日用を召し抱える者があった場合、捕縛して、申告しなさい。そうすれば、日用を召し抱えた者の没収地を、訴えた者に与える旨、決定されましたので、そのことを心得てください。
 一、知行を各給人に与えているにもかかわらず、奉公人を召し抱えず、日用を雇うことは、違法であるとお考えです。
 一、代官や給人が百姓に対して、過度の負担を賦課したために、百姓が逐電した場合には、厳しく追及した上で、その代官や給人は違法とします。恐々謹言」と。
 こういう「日用停止令」が2月に出された理由について、光成氏の同書には、藤木久志氏の見解が紹介され、同意されています。すなわち、「春を迎えたというのに耕作を放棄し」「上方へ日雇いとなって流れ込む『諸国の百姓ら』の動きを、作付けが始まる前に何とか食い止め」るためであったと。
 光成氏の見解は、この「日用停止令」を文禄5年に出されたものと考えて、それをもとに論が組み立てられていますので、慶長2年とした場合、内容の再検討は改めて必要でしょうが、光成氏の同書でも、紹介されている次のような朝尾直弘氏の見解は妥当なものだと思われます。
 「豊臣政権の侵略動員態勢は、村から奉公人を大量に徴発することを必要とし、その結果、田畠の逐電を厳しく取り締まり、還住させる必要が生じたのですが、奉公人の大量徴発を続ける限り、百姓の逐電は収束しないという矛盾を豊臣政権は抱えていました」と。
 三成もそういう矛盾はよくわかっていたでしょうし、そういう点でも朝鮮半島への侵略はすべきではないと考えていたのではないでしょうか。
 
 
 
 

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