関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 三成の実像2394  谷徹也氏の講演「石田三成の虚像と実像」1 江戸時代はずっと悪者?柿が嫌い?

<<   作成日時 : 2018/09/15 11:01   >>

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 8月11日に米原市の大原観音寺で行われた、谷徹也氏の講演「石田三成の虚像と実像」ですが、基本的には「総論 石田三成」の内容とほぼ重なっており、コンパクトにまとめられたものでした。若い新進気鋭の学者さんであり、歯切れもよく、明快なわかりやすい講演内容でした。
 最初に、谷氏はもともと蒲生氏郷に興味を持っており、氏郷を暗殺したのが三成だという話があっただけに、あまりいいイメージを持っていなかったと語っておられました。しかし、研究を続けて行くうちに、それは冤罪であることがわかったと云います。この点については、谷氏の同書で少し触れられていますし、拙ブログでも取り上げられました。
 はじめに、三成が江戸時代を通じて悪者だったという捉え方に対して、歌舞伎や浮世絵の世界では、知略や軍略に優れた英勇として描かれており、そうではなかったということが述べられていました。これは谷氏の同書でも記されていることであり、拙ブログでも取り上げましたが、慶応3年に描かれた浮世絵「太平記英勇伝」は初見でした。
 また三成は柿が嫌いだったのかということに関して、実は三成は柿が好きであったということが述べられていましたが、そのことを示す史料として、谷氏の同書には載っていない史料が挙げられていました。
 それは三成が細川忠興に対して、「あなたが柿が好きだったということをお聞きしたので」と言って持参した干し柿を勧めるという「綿考輯録」の記述です。この話は大河ドラマ「真田丸」でも使われており、ドラマでは忠興は食べるのを拒否したという描き方になっていたものの、この記述では、忠興は食べていたということになっていたことも明らかにされていました。
 三成が処刑される前に、白湯を欲したところそれがなく、代わりに干し柿が差し出されたところ、「痰(肝)の毒なり、食すまじき」と拒否したという「続明良洪範」に記述がある逸話は有名ですが、この二つの話から、三成は関ヶ原の戦いの前には好物の柿を差し出して忠興との話のきっかけにしようとし、敗戦後には柿の差し入れを断ったところに、三成の意地が読み取れるのではないかと指摘されていました。
 むろん、三成が処刑の直前、柿の差し入れを断った話は史実かどうか確かめられてはいないのですが、三成が柿が好物だったことは事実であり、逸話と史実の関係を探ることで、より深く三成という人物を捉えられるとの谷氏の指摘には納得させられました。
 三成の持病が腹痛であったということを示す史料については、講演会でも谷氏の同書に記されている史料が挙げられていました。

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