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zoom RSS 三成の実像2406 番組「英雄たちの選択 大谷吉継」 1 挙兵するか家康との戦を回避するか

<<   作成日時 : 2018/09/27 11:05   >>

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 BSの番組「英雄たちの選択 大谷吉継 関ヶ原もう一つのシナリオ」では、三成が吉継が家康に対して吉継に挙兵することを打ち明けた時、三成の提案を拒否して家康との戦いを回避すべきか、三成と共に挙兵すべきか、どちらを選択するかを、出演者に問うていました。
 この選択を問うこと自身、やはり問題があるかもしれません。挙兵に関する三成と吉継とのやりとりは一次史料に基づくものではなく、後世の史料に出てくるものであり、それを現在のわれわれは真に受けていますが、本当にそうであったかは、検証が必要です。
 前にも拙ブログで取り上げたように、挙兵を打ち明けたのは三成ではなく、吉継であり、吉継の挙兵の提案を三成は最初、思いとどまらせようとしたという見解が、高橋陽介氏によって唱えられています。
 そういうことは今はひとまず措くとしても、この番組では、三成に人望がないということが何回も出てきて、またかという思いを持ちました。三成は武将では大谷吉継をはじめ佐竹義宣・真田昌幸・信幸・信繁;・小西行長・宇喜多秀家・島津義弘など、画家としては海北友松、商人としては神屋宗湛・嶋井宗室・万代屋宗安、僧侶としては尾関宗園・沢庵宗彭・木食応其など幅広い交流関係、人脈を築いていました。
 番組では、吉継が三成の挙兵が成功しない理由として、家康と兵力差があり、家康は戦上手で、優秀な家来を持ち、家来から敬愛されており、天下の人望を集めているが、三成には家康ほどの人望がないことが挙げられ、それだからこそ、戦を避けなければならないと説明されていました。
 確かに兵力差は歴然としており、三成の所領は家康の十分の一にも及びませんが、後の点については、家康に対して随分好意的な見方であり、番組の文脈上、吉継は家康寄りだったという捉え方になっているので、当然とは云えますが、江戸時代の徳川史観が反映している印象を受けます。
 戦上手というのは、信長と結んで数々の戦功をあげ、本能寺の変後は、領土を広げたことや秀吉との小牧・長久手の戦いで局地戦であるものの勝利したことなどが頭にあると思われますが、若い時には三方ヶ原の戦いで負けていますし、上田城攻防戦では真田昌幸に勝てないままでした。
 優秀な家来を持ち、敬愛されていたというのはそうかもしれませんが、三成も家来には恵まれ、彼らは関ヶ原の戦いで奮戦しました。家康が天下の人望を集めているという点も、疑義を持ちます。人望というより、圧倒的な力を持つ家康には抗えないという人々の思いの表れであり、実際には専横的な家康のやり方に反感を覚えている人も多く、彼らが三成や毛利輝元のもとで結集したのではないでしょうか。
 
 

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