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zoom RSS 三成の実像2453 白峰旬氏の講演「関ヶ原の戦いを再検討する」1 都市伝説としての関ヶ原の戦い

<<   作成日時 : 2018/11/14 15:22   >>

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 昨年8月20日に、佐賀県立佐賀城本丸歴史館で行われた、歴史企画「関ヶ原の戦いを再検討するー龍造寺・黒田・加藤を中心にー」において白峰旬氏は基調講演「関ヶ原の戦いを再検討する」をされましたが、その内容報告が、別府大学史学研究会『史学叢書』第48号に掲載されました。その報告書も、白峰氏から賜りました。昨年そういう催しが行われたのは知っていましたが、行けなかったので残念に思っていたところ、今回その内容を知ることが出来て、ありがたい限りです。
 白峰氏の講演会では、まず「都市伝説としての関ヶ原の戦い」という項目で次のような説明がされています。
 「一次史料による史料的根拠(一次史料による根拠)のない話が通説に化けた」が、それは「ウソも100回言えば真実になる、の類い」だと。
 「通説の理解」については、「明治時代の理解からあまり進歩していない。参謀本部編纂『日本戦史・関原役』(明治26年、1893年)以来、120年以上の停滞」であると指摘されています。
 「都市伝説が通説化した」その例として「問鉄砲の話」が挙げられ、「荒唐無稽な話が信じ込まれてきた」と説明されています。
 「荒唐無稽な話」ではないかというのは、私も若い頃から少し感じてきましたし、オンライン三成会編「三成伝説」(サンライズ出版)の中でも、そういう思いを込めて次のように記しました。
 「通説では、なかなか寝返らない小早川秀秋に業を煮やした家康は、松尾山に鉄炮を撃ちかけさせたという。もしそうであれば、この作戦も大きな賭けだっただろう。逆に家康に襲いかかる可能性もあったからだ」と。
 この後、白峰氏の「新解釈 関ヶ原合戦の真実」(宮帯出版社)を読んで、「問鉄炮」の話が、一次史料には一切出て来ず、その話が後世、創作されていったことを知りました。そのため、一昨年に改めて出版した「決定版 三成伝説」では、白峰氏の関ヶ原の戦いに関する新説も紹介し、「問鉄炮」のことについては、「江戸時代になってから、家康の活躍を演出するために創作されたものだということなどが指摘されている」と記しました。
 白峰氏の報告書では、「あまりにも虚像が先行しすぎてい」て、「一次史料の検討をせず(無視して)、江戸時代の軍記物をそのまま現代語訳して満足してきた」とも記されています。
 白峰氏は一次史料の検討から、小早川秀秋は最初から家康方として参加し、勝敗は短時間で決したこと、主戦場は関ヶ原ではなく山中であったこと、通説でよく知られている関ヶ原の戦いの布陣図も歴史的根拠がないことなどを主張されていることも、「決定版 三成伝説」に記しました。

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