関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS 受贈御礼 高橋陽介氏のご著書 三成の実像2445 三成祭の谷徹也氏の講演・池田町の石田さん

<<   作成日時 : 2018/11/05 22:51   >>

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4日に長浜市石田町で行われた三成祭に行ってきましたが、所要があって午前中の法要には間に合わず、午後からの谷徹也氏の講演会に参加しました。同じく講演会に参加されていた高橋陽介氏から、ご著書「『一次史料にみる島津の関ヶ原シリーズ』@ 豊臣秀吉の死去は朝鮮在陣の島津義弘らにどのように伝わったのか」を賜わりました。この場を借りて、お礼申し上げます。ご著書の内容については、三成に関わることもいろいろとあり、さまざまな一次史料を提示されていますので、拙ブログ記事で改めて取り上げたいと思います。
 高橋氏の新見解による、関ヶ原の戦いにおける三成方の布陣場所は、今年4月に訪ね、そのことは拙ブログ記事で記しましたが、三成が本陣を置いたとされる自害峰は訪ねたものの、その南側にあったとされる小西行長・宇喜多秀家陣跡には足を運べませんでした。17日に名古屋大学で開かれる「織豊期研究会」総会に参加する予定なので、その前に改めてそれらの陣跡を巡ってみたいと思っています。白峰旬氏は一次史料を検討され、関ヶ原の戦いの主戦場は関ヶ原ではなく、それよりずっと南の山中であり、三成らが陣を置いたのも関ヶ原ではなく、山中だったと主張されていますし、高橋氏も山中のどこに三成方が陣を置いたか、その場所を推定されているわけです。
 谷氏の講演会は8月に続いて二度目の聴講ですが、前に聴いたことと重なる部分が多いものの、新たな知見もいろいろ得られました。その内容についても、拙ブログ記事で改めて述べます。
 講演の中で三成の人物像について、「風流な人」「直言の人」と述べられていましたが、特に「直言の人」ということに関しては、今の日本にも求められる人物だという思いを持ちました。権力者にこびへつらう人物がいかに今の日本に多いか、痛感する日々です。権力者の思いを「忖度」する者が後を絶ちません。
 その点、三成は主君の秀吉に対しても、思ったことをはっきり言う人物であり、谷氏の講演会でもそのことが強調されていました。しかし、三成は秀吉の命令に言いなりになって、唯々諾々と従っていたと思う人が未だに少なくないことが残念でなりません。
 3日には例年通り、彦根の妙源寺で三成や嶋左近の法要が営まれましたが、私は京大ホームカミングデイに参加していたため、この法要にも今年は参列できませんでした。その法要に岐阜県池田町の石田姓の方が参列されていたとお聞きしました。オンライン三成会編「三成伝説」(サンライズ出版)にも記したことですが、三成の弟が逃げ込んだ岐阜県大野町の石田善能寺のご住職が、池田町に石田姓の集落があることをご存知で、その人々も三成一族の末裔だとおっしゃっていました。池田町を北に行くと、石田善能寺があり、石田一族の逃走ルートではないかと思っています。

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