フランス文学探訪77 「チボー家の人々」4 第一次世界大戦前の反戦運動と頓挫

 この大河小説は「1914年 夏」という部分が突出して異様に長く、小説を前半・後半に分けた場合、その後半の大部分を占めており、いかに作者がこの部分に重きを置いていたかが分かります。この年の夏と言えば、第一次世界大戦が勃発した時であり、この小説はその前後のことを日に追って実に克明に描いています。
 一番の驚きは、みんなが戦争に賛成したわけではなく、各国で労働者を中心とした反戦運動が大規模に起こっていたことであり、それはインターナショナルのうねりとなって一時は戦争開始を防げるのではないかという期待を抱かせました。ジャックも戦争を阻止するために駆け回りますが、結局は防げませんでした。それは各国民がナショナリズムに走ってしまったためであり、フランスではドイツを打ち負かすことが正義であり、ドイツでは逆にイギリスやフランスを打ち破ることが正義だと思い込んでしまったのです。その前では、国を超えた労働者運動など完全に吹き飛んでしまいました。 これも現代につながる大きな問題を含んでいます。国際交流がさかんになった現代でも、国単位・民族単位の戦争・紛争が絶えませんし、国を超えての労働者同士の連帯などは絵空事でしかないと言ってもいいほどです。
 オーストリア皇太子夫妻暗殺という極めて限定的な出来事が、ヨーロッパ全体を巻き込んだ戦争に発展してゆく過程が、主としてジャックの目を通じて描かれていますが、フランスを戦争に駆りたてる大きな転機になったのは、フランス社会党の指導者であり、反戦運動の先頭に立っていたジョーレスの暗殺であり、ジャックとジェンニーはレストランで偶然その現場を間近に見てしまうという設定になっています。そのあたりが、作者の持ってゆきようの巧みなところなのですが、この暗殺で社会党は戦争容認に大きく傾いてゆくことになります。 こういう騒然とした中で、ジャックとジェンニーは結ばれますが、この二人の恋愛は今までとかくぎくしゃくしたものでした。ジェンニーは心が頑なでジャックにも心を開かなかったのですが、ジャックの反戦運動に付き合うことによって、彼の使命を飲み込み、ようやく心が打ち解けあうのです。
 

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